ホグワーツ魔法魔術学校(テニプリ分校)
(注意)
寮分けは、こちらの「テニプリキャラをホグワーツで分類してみた」をご覧ください。キャラクター観には個人的見解を多分に含んでおりますので、そういったものが苦手な方はご注意ください。要は寮生活でみんなでわいわいきゃっきゃと魔法を学んでいるテニプリキャラたちが書きたかっただけです、はい。
1.グリフィンドールの朝
魔法学校は寮生活が基本である。多くの仲間と交流を深め、人間的に成長してもらいたいというのが学校側の方針だ。先輩が後輩の面倒を見て、そしてその後輩がいずれまた年下の面倒を見る。そうして培われていく精神は、いずれ社会に出た際に大きな助けとなるだろう。しかし手がかかり過ぎれば放り出したくなるというのもまた、一般的な物言いである。
朝の爽やかな空気に不釣り合いな、騒がしいふたつの足音が建物の空気を震わしている。グリフィンドールの寮内にすでに人の気配はなく、いつもは誰かしらソファーに座っている談話室ももぬけの殻。歴史を感じさせる古びた大時計は朝食の時間が差し迫っていることを如実に知らしめ、寮長の声で「急がないと遅刻だよ」なんて脅しまでかけてくる。最悪、とリョーマは思わず呟いた。
「遠山! 早くしないと朝ごはん抜きだよ!」
「せやかてコシマエ、ワイのネクタイ知らん!?」
「知るわけないだろ、そんなの! 後で探しなよ! 俺もう先に行くから!」
「ああっ、ずるいでコシマエ! ワイも行く!」
走る際に、ふたりの一年生を象徴するような真新しいローブが翻る。リョーマはよれよれでも一応タイを締めているが、金太郎の首元にグリフィンドールの証である赤と黄金はない。していなければ注意されると分かってはいるが、それでも成長期のふたりにとっては説教より朝食の確保の方が優先だ。体当たりするように扉を押して寮を出れば、背後で大時計が「あと三十秒」なんて笑っている。
「芥川さんは宍戸さんが連れて行ったの・・・? だったら一緒に連れて行ってくれればよかったのに」
リョーマはぶつぶつと文句を綴るが、その間も走る足は止まらない。廊下の先に、眩い朝日が見えてくる。グリフィンドールの寮は、塔のてっぺんにある。対して食堂を兼ねている大広間は一階だ。ぐるぐると回る螺旋階段を降りて行ったら間に合わない。光の中へ駆け込む瞬間、金太郎が呼ぶ。
「コシマエ!」
「分かってる! 飛ぶよ、遠山!」
「よっしゃあ!」
だんっと手摺りを蹴って、ふたりは宙へと身を躍らせた。遠い遠い足元に、食事を摂ろうとしている生徒たちの姿が豆粒サイズで見える。浮遊感に完全に目が覚めたのか、金太郎が歓声を挙げる。
微かに揺れた空気に、気づいたのは亜久津だった。彼が迷いもせずに視線を上空へと投げたので、向かいでパンケーキにメープルシロップとバターを落としていた千石も首を傾げて上を見る。永遠と続きそうな吹き抜けは、太陽の光を絶やすことなく大広間へと降り注いでくれる。しかし今はその中にふたつの小さな点があって、正体が分かった千石は軽く笑った。
途端にぶわっと、鮮やかな風が湧き起こる。強さを肌で感じても、コーヒーの中身を巻き上げたり、皿を割ったりしないのは術者の能力の賜物だろう。周囲の一切を傷つけずに、風たちは主を迎えに馳せ参じる。重力に従って勢いよく落下していたリョーマの身体が、クッションに抱き留められたかのようにスピードを失った。宙に停止し、そしてリョーマが姿勢を正すと今度は足元からゆっくりと下降し始める。その間にネクタイを締め直したり、ローブのボタンを留めたりと、リョーマは身繕いをしていた。
対して一緒に落下した金太郎は風に受け止められることなく、物凄いスピードのまま大広間へと近づいてくる。このままではあわや地面と激突し、大怪我を負うのでは。普通の人間だったらそう思い慌てるだろうが、ここは魔法学校だ。先ほどから金太郎の楽しそうな笑い声も聞こえているし、何も心配することはない。幼馴染であるハッフルパフの財前は無視して味噌汁を飲んでいたが、小学校で金太郎の面倒を見ていたスリザリンの白石は一応上空に向けて声をかける。
「金ちゃーん、ちゃんと着地するんやでー?」
「そんなん朝飯前やー!」
言葉通りそう言って、ついに金太郎の身体は皆の視界を通り過ぎた。しかし、ぽよーん、という間抜けな音を立てて再度金太郎の身体が跳ねる。硬いはずの地面がトランポリンのようにバネを携えて、金太郎を受け止めたのだ。ぽよんぽよんと何度かのバウンドを見せて、けらけらと笑って金太郎は着地した。その頃にはリョーマも爪先から床へと落ち着いていて、同時に朝食の時間を告げる鐘が吹き抜けに大きく鳴り響く。この時点で大広間にいなかったらアウト、遅刻だ。三回で反省文、五回で補習、十回で魔法禁止の大掃除が義務付けられる、生徒が避けたい罰則である。空中で拾ったネクタイを、リョーマは隣の金太郎に向けて突き出した。
「ん? あっ、ワイのネクタイや! 何や、コシマエが持ってたんかー」
「違うし。落ちてるときに遠山のポケットから零れたんだよ。拾ってやったんだから感謝しなよね」
「おおきに! これで買い直さんで済むわ」
「良かったね」
「それじゃあめでたくネクタイも揃ったことだし、お説教の時間だよ。ボウヤたち?」
割って入ってきた声に、リョーマも金太郎もびくっと反射的に震えた。朝に相応しい柔らかな声なのに、恐る恐る振り返れば、そこにいるのはやっぱり穏やかな笑みを浮かべた幸村だ。グリフィンドールの寮長。大時計の声の持ち主であり、そして余りにも寝坊の多いリョーマと金太郎に昨日、「明日もし遅刻したら、そのときは分かっているね?」とにこやかに告げた人物でもある。ち、遅刻はしてへんで。金太郎が震える声で訴えれば、幸村は「ふふ」と花のように笑った。馬鹿、とリョーマは心中で金太郎を詰ったが、もし彼が言わなければリョーマが訴えていただろう。幸村のたおやかな手が、それぞれふたりの頭にぽんと置かれる。じゅわっと蒸気が髪を焼いて吹き出した。ひい、とルーキーたちが悲鳴を挙げる。
「熱っ! あああ、熱いし! 本気で熱いし、ねえちょっと幸村さん!」
「チャイム二秒前に滑り込めたのは、ボウヤたちにしては良くやったね。じゃあ明日は一分前に大広間へおいで」
「すすすすまん! ワイが悪かった、堪忍や! せやから離してや! 熱いほんま焼ける、ワイ黒こげになる!」
「ふふ、返事は?」
「頑張って起きる! でも起こして!」
「ワイも起きる! せやから離してー!」
「上出来」
その言葉、忘れたら明後日はないよ。変わらず穏やかに微笑んで、幸村は両手を離した。指先でふたりの前髪の乱れをちょいちょいと直してやってから朝食の席へと向かう。教育と指導と躾と折檻、その四つが混ぜ合わさったかのような行為にリョーマと金太郎がぷるぷる震えていると、おはようございます、と同じくグリフィンドールの先輩である柳生がやってきた。幸村の炎で焦げる一歩手前になってしまった髪を、柳生が掌をかざして潤してくれる。金太郎の手からネクタイを受け取り、締めてやる所作は慣れたものだ。
「明日はちゃんと起こしますけれど、あなたたちも今日は早く寝てくださいね」
「・・・はーい」
「・・・分かった」
「さぁ、朝食にしましょう。お腹空いたでしょう?」
背中を押されて朝食の席に着く。同じ寮であり遅刻仲間のジローは予想通りテーブルに突っ伏して寝ており、その隣では宍戸が申し訳なさそうな顔をしている。向日と菊丸は桃城も巻き込んで盛大に笑っており、謙也は「今日は遊ばないでちゃんと寝るんやで」なんて言ってくる。リョーマは不貞腐れ、金太郎は唇を尖らせて朝食にありついた。
これがグリフィンドール寮の、日常的な朝の風景である。
(グリフィンドールのルーキーズ、リョマさんと金ちゃん。寮長は幸村様)
2.羽の向日
魔法学校で最初に教えるのは、基本的な魔法の知識だ。歴史や飛行訓練、薬草学に呪文学、変身学や数占い、そして人間である非魔法族についても学んだりする。そして学年が上がるにつれて生徒それぞれが選んだ専門分野について、深くみっちりと知識を増やしていく。魔法使いは程度の差こそあれ、誰しもが得意な分野を持っている。それは生まれつきのものであったり、後天的なものであったりと様々だったが、個人の特性を表現する最たるものが得意魔法だった。そして向日岳人の場合、彼の得意魔法は「羽」だった。
「相変わらず見事やなぁ」
中庭で、瞼の上に掌をかざして忍足は空を仰ぐ。太陽を背にする形で羽ばたいている影は、鳥にしては大きく、ドラゴンにしては小さい。よくよく見てみればそれは人の形をしており、その背に大きな翼を抱いているのだと知ることが出来る。
「変身術と呪文学の応用ですか」
「割合的には、七対三やな。慣れるまでは長ったらしい呪文唱えるけど、慣れたら単語ひとつで羽がぽんっや」
「自分だけじゃなくてペンや洋服にも羽を生やすなんて、向日さんにしては随分な高等魔法ですね」
「羽に全力傾けて、試験五個は落としとったからなぁ。まぁ結果オーライなんちゃう?」
忍足の言葉に、日吉も呆れを隠さずに上空を見る。梟たちと戯れるようにして飛んでいる向日はグリフィンドールに所属しているが、日吉と忍足はスリザリンだ。魔法学校に入る前からの知り合いであるため、寮を隔てた今も交流は深いけれども、ふたりは向日が特別魔法の才能に秀でているわけではないことを知っている。もちろんこの魔法学校は平均以上の能力を有する術者の卵だけが集められているため、向日もそれなりの才能はある。けれど突出しているわけではない。そんな彼が「羽」を生み出したのは、ひとえに彼の憧憬の強さに他ならなかった。箒なんか使わないで飛びたい。俺の力で、どこまでも飛びたい。そう宣言した向日の姿を、忍足も日吉も覚えている。そうして魔法学校に入学し、一心不乱に慣れない勉強を続けてきたことも知っている。
「次の目標は人間に羽を生やすことらしいで?」
「ああ、そういえば生き物にはまだ無理でしたね。人間で試す前に動物で試してくれればいいんですけど」
「俺と日吉に羽生やして、三人で空飛ぶんやって。どこまでも俺が連れてったる、っちゅーてたわ」
「・・・馬鹿じゃないですか、あのひと」
悪態をついた日吉がそっぽ向いたのは、照れ隠しだと忍足は知っている。空中の向日は相変わらず見事な羽を羽ばたかせていて、その様は人間の童話の「イカロス」のようだと忍足は思う。よもやまさか太陽まで飛んでいくとは言わないだろうが、もしそうなったら重しとなって地上に引き留めるのが自分たちの役割だとふたりは分かっていた。ゆーし、ひよしー、と向日が空から手を振ってくる。ひらりと手を振り返して、忍足も笑った。白い羽が一枚落ちてくる。魔法で作られたそれは日吉の手に触れる前に、幻のように崩れて消えた。
(向日が「リモコン来てー」とか言うと、リモコンが羽を生やして彼の元まで飛んでくる)
3.愛されし者
生まれつき愛されている者、というのが魔法界には存在する。越前リョーマがそうだ。彼は風にこの上なく愛されており、呪文を唱えず、杖を振らず、知識なんて身に着けなくとも容易くそれらを扱うことが出来る。風はリョーマの望むままに献身し、その願いに応える。太陽が見たいとリョーマが言えば、風は分厚い曇天を打ち払って青空を作り出す。面倒だとリョーマが思えば、風は教科書のページを教師の説明に合わせてそっと捲る。愛されるとはそういうことだ。リョーマは風に愛されている。そして同じグリフィンドールの柳生比呂士。彼は、水に愛されていた。
「髪ゴム落とした。探しんしゃい」
夕食にはまだ早い、大広間のグリフィンドール席。紅茶を口にしていた柳生の前に座ったのは、スリザリンの仁王だった。寮は異なるが、柳生にとって仁王は家族以上に近しい存在だ。仁王にとってもそれは同じで、並べば正反対に見えるふたりは親友だと周囲には認識されている。当人たちは親友というカテゴリーは微妙に違うんじゃないかと思っているが、言葉にはしない。
「髪ゴム? どんなものですか?」
「この前一緒に買いに行ったじゃろう。翡翠のついたやつナリ」
「ああ、仁王君が一目惚れして購入したあれですか」
柳生がこん、とテーブルを叩いて新しいカップを招き寄せると、ポットから自然と紅茶が注がれる。ありがとうございます、と告げれば、飴色の液体は踊るようにポットへと戻っていった。紅茶も水に属するため、柳生の意を汲んで動いたのだ。どうぞ、と勧められたカップを手にすれば、相変わらず最高の味が仁王の舌を楽しませる。
「呪術の増幅効果があるとのことでしたが、どうでした?」
「ん、俺の性に合うぜよ。でもゴムが脆かったんか、クイディッチのときに気づいたら失くしとった。探したけど見つからん」
「特殊な紐にした方がいいかもしれませんね。改造はハッフルパフの乾君が得意ですから、彼に頼んでみたらどうです?」
「代わりに怪しいジュースを飲めっちゅーんか? お断りぜよ」
「調合から考えれば正しいはずなのに、味だけは強烈ですからね・・・」
さめざめと言って、柳生は肩を落とす。手を、と言われて、仁王は柳生の掌に自身のそれを重ねた。途端に水中に揺蕩う己を感じたのは、仁王の精神が柳生と近しい位置にあるからだろう。たぷん。柔らかに、柳生のしもべが仁王を丸ごと包み込む。ふたりして目を閉じ、仁王は失くした髪ゴムを脳裏に描く。柳生の存在が拡散する。広く広く、それは学校の敷地中を巡り巡って。
「・・・ありました。スリザリン寮の裏側の、大きな木の枝に引っかかっていますね。仁王君、あなたまた窓から出かけたでしょう」
「そういやそうだったかもしれんのう。ありがとさん。助かったぜよ」
手を離す前に柳生が、仁王の意識に映像を流し込んでくれる。翡翠の髪ゴムは確かに木の枝に引っかかっており、あそこか、と仁王はきちんと記憶に刻んだ。水に愛されている柳生は、紅茶であろうと空気中の水分であろうと、液体なら何でも操ることが出来る。そうして介在することによって、失せ物を見つけ出すのは応用魔法のひとつだ。生まれつき愛され、そして努力も怠らなかった柳生の魔法は、幅広い応用力を持っている。流石に相手の意識に映像を移すなんて様は容易くないが、相手が仁王なら話は別だ。ふたりの間を隔てるのは、たった一枚の皮膚以外に存在しえないのだから。
「今度また買い物行くぜよ。柳生に似合いの飾りを選んでやるナリ」
「そういえば丸井君がお菓子を買い溜めしたいから、早く町に行きたいと言っていましたっけ」
「柳も新しい本が欲しいとか言うてたのう。仕方ない、みんなで行くぜよ」
「賑やかになりそうですね」
寮生活を送る彼らには、月に一度の買い物しか許されていない。通信販売を利用する者もいるけれど、やはり出かけると気分が違う。楽しみですね、と柳生が笑う。そうじゃのう、と仁王は手を伸ばして柳生の指先を掴み、にぎにぎとその感触を確かめた。
(仁王の得意魔法は変身学。自分を丸ごとそっくり別のものに作り替える。ちなみに仁王の変身は全身丸ごとで、パーツごとの変身は不可。逆に同じく変身学が得意なユウジは、パーツごとの変身は出来るけれど、丸ごとの変身は出来ない)
4.ハッフルパフの喧騒
ハッフルパフ寮には、真面目な生徒が多い。寮長の真田からして厳しすぎるくらいに規則を順守するタイプだ。大石や河村や樺地など心優しい者も多く、乾や海堂など努力を惜しまぬ者もいる。時にはジャッカルや銀など親切すぎる余り貧乏くじを引く輩もいたが、往々にしてハッフルパフは穏やかで生真面目な生徒が多かった。しかし中には例外というものも確かに存在するのである。そしてそんな輩に悩まされるのが、寮長の常だった。
「大体貴様らはたるんどる! 何度同じことを言わせるつもりだ!?」
どん、と真田がテーブルを叩けば、その上に載っていた皿やカップが振動で宙に浮く。あわわ、と隣のテーブルからジャッカルと大石が杖を振って、それらを手元へと引き寄せた。間一髪で食事は無事だが、机はすでにひびが入ってしまっている。修理と改造は同じくハッフルパフ所属の乾の得意分野であるため心配はないが、何気に器物破損率が高いのは真田に理由があるんじゃなかろうかと、密やかに河村は思っていたりする。もちろん寮生のためを思って声を荒げる我らが寮長に、進言するような真似はしないけれども。
「まず一氏! 毎回言っているだろう! 菓子を作るなとは言わん! だが菓子を作る前に宿題を終わらせろ! 学生の責務を終えてからなら、おまえが何をしようと俺は口出しをせん!」
真田の向かいに座らされているのはユウジだ。ハッフルパフにしては珍しく暴走しがちな、型破りな存在である。黒髪からぴょこんと生えている獣耳は、おそらく得意の変身術の名残なのだろう。真田のお小言にいちいちぴょこぴょこと反応するものだから、ユウジを知る面子は「ああ、言い返したいんだな・・・」と生温かい目で彼らのやり取りを眺めていた。その隣に一緒に座らされているのはひとつ後輩の財前で、彼の口元は白いマスクに覆われている。上から大きな×印を刻むことで一切の声を出させないように術をかけているのは、財前の得意魔法が「歌」だからだろう。口さえ動かすことが可能なら、財前は好き放題することが出来る。だからこそ彼を封じ込める際には、×印のマスクは必需品とされていた。真田のお説教はまだまだ続く。
「財前、おまえもだ! 善哉は一日三杯までだと約束しただろう! 将来糖尿病になって困るのはおまえなんだぞ! そこらへんをきちんと理解して、節制した食生活を心がけろ!」
声が出せないのでこくんと財前は首を縦に振るが、その視線はテーブルに固定されていて真田を見ない。怖がるような可愛い性格をしているわけではないので、おそらく別のことを考えているのだろうと銀は思った。その証拠に、財前はそのままごんっとテーブルに頭突きして突っ伏す。そんな彼の行動に呼応して机に現れたのは、白くて丸い大福だった。しかも二個。きえええい、と真田が皿ごと取り上げる。
「大福も駄目だ!」
ごん。今度は抹茶のケーキが現れた。和菓子好きの財前にしては随分譲歩したな、と同室のため嗜好を良く知っている海堂はそんなことを思う。しかし真田が許すはずもない。
「ケーキも駄目だ! 菓子よりも三食きちんとした食事を摂れ! 財前、おまえはやれば出来る子だ! 努力する様をこの俺に見せてみろ!」
うわぁ、とハッフルパフ以外の寮生たちは、少しばかり呆れた表情をそれぞれに浮かべている。寮長はグリフィンドールが幸村、レイブンクローが跡部、スリザリンが木手だったが、生活態度に関して言えば最も厳しいのがハッフルパフの真田だ。おやつ禁止令に、流石の財前もむっとしたらしい。テーブルから上半身を起こして、じろりと真田を睨み上げる。財前はその性格からすれば、ハッフルパフ向きではないとされていた。組み分け帽子は彼を他寮に入れなかったけれども、心優しき者の多いハッフルパフにしては、財前は些か攻撃的な性質を帯び過ぎている。あの真田に真っ向から対抗しようとする後輩は、そうはいない。昔馴染みの切原でさえ頭が上がらないというのに、財前は正面から真田と向き合った。無言で火花散る両者の間を、黒い物体がしゃっと横切る。
「なっ・・・!」
真田が睨み付けるよりも、財前のマスクが破られる方が早かった。自由になった口はすぐさまに歌を奏で始め、その美しい調べに大広間にいた皆が聞き惚れる。しかし三秒後には芸術的な空間を打ち破り、空から大福が雨のように降り始めた。あはは何これ、とグリフィンドールで笑いが起こり、レイブンクローでは傘を開く者がいて、スリザリンでは端から皿へとキャッチし始める。視界を滝のごとく支配する大福を薙ぎ払い、真田が顔を上げれば目の前にふたりの姿はない。はっとして見上げると、巨大な大福がぷかぷかと十メートル上空を飛んでいた。そこにはもちもちと心行くまで大福を貪っている財前と、マスクごと術を破った黒い尻尾をゆらゆら揺らして仁王立ちしているユウジが乗っている。ふはははは、とユウジが胸を反らして真田を見下ろす。
「いくら寮長の命令でも、俺の小春へのらぁぶは譲れへんのや! 菓子作りは俺の愛そのものや! せやから止めん! 俺は宿題よりも小春への菓子を取る!」
「一氏・・・! そこへ直れ! 貴様のその性根、この真田弦一郎が叩き直してくれるわ!」
「今日は宿題も出てへんし、菓子作りして怒られる理由がないで! はははははは! 残念やったな真田! おまえの説教は、俺と小春の愛の前に無力や!」
「俺の善哉は乾さんの改造でカロリー九十九パーセントオフになっとるんで許してください。っちゅーか俺から甘味を奪うんやったら真田さんの枕元で毎晩歌うんで、その辺考えて頼んますわ」
「財前の歌は怖いでー? せやな、俺と小春のラブソングでも歌うてもろうたらええわ!」
「ほな、また夕飯でお会いしましょ」
ばいばーい、と巨大大福はユウジと財前を載せたまま、大広間を旋回して天井まで飛んでいく。相変わらず変なとこに全力を注ぐ奴らだな、というのがふたりに対する他寮からの評価だ。ユウジから愛を送られる対象であるレイブンクローの小春は喜んでいるようだったが、真田の拳の震えは止まらない。むしろより一層激しくなっていくそれに、樺地はそっと周囲の物が壊れないように魔法をかけた。ごごごごごご、と大地が震える。噴火する直前の火山のごとく、それらは激しさと勢いを増して。
「ひとうじいいいいいいい! ざいぜえええええええんんん!」
真田の野太い雄叫びと共に、堪え切れなかったマグマが吹き抜けの天井まで火柱を上げた。燃えカスとなって巨大大福が落ちてくるけれども、すでにそこにユウジと財前の姿はない。ふたりと真田のやり取りは、定期的に行われるハッフルパフの名物となっていた。あいつら許さん、と炎を燃やす真田について壊れる備品を端から直していくのもまた、ハッフルパフの生徒の宿命なのだった。
(歌姫財前。自作の歌で大福降らせたり、善哉のお風呂とか作ったり出来る。能力的にはマクロスFのランカやシェリルが正確な使い方)
5.三日に一度のレイブンクロー
レイブンクローの談話室は、他の三寮と比べて格段に豪華だ。しかし学校はあくまで学習の場であって、寮生活といえど施設で差をつけることなど決してしない。ならば何故レイブンクローだけが豪華なのかというと、それらはすべて生徒たちが私物を持ち寄って出来た結果だった。まず最初に寮長でもある跡部が、他寮と同じくそれなりに質の良い家具で揃えられていた談話室を一瞥し、鼻で笑った。その日の夜には、すでに絨毯は最高級の羽毛に変わり、ソファーはスプリングが十分すぎるほどに利いた新品が用意されていた。跡部がソファーセットでご満悦している傍らで、ふむ、とひとつ頷き、壁の一面を本棚に変えたのは柳である。レイブンクローは元より、知識を深めることに意義を見出す輩が揃っている。読書は基本的な娯楽のひとつで、柳は自らが読み終えた本を棚の端から並べていった。なるほど、と納得して、手塚が自身の本も棚へと並べる。個人の趣味によるものが多いので、ジャンルは非常にまばらだ。授業で役立つ魔法薬学の基礎理論集が置いてある一方で、時間潰しとしか思えない厚さの魔法史論文があり、ブン太が魔法界人間界問わずに菓子のレシピ集を加え、小春が女性向けのファッション雑誌を発売日ごとに差し込み、そうして本棚は溢れかえらんばかりに満ちている。いつ誰でも好きな本を読んでいい。それが暗黙のルールで、そうすることで自分の範疇外のジャンルを知ることが出来、知的好奇心が旺盛なレイブンクロー生は本棚を非常に有効活用していた。談話室で本を読む時間が増えるにつれ、いつしか観月が本格的なティーセットを持ち込んだ。かぐわしい紅茶にはやはり相応しいカップというものが存在し、佐伯が上品でさりげない品を人数分用意する。上を向くと天井が近くて、千歳は気分が滅入ると呟いて杖を振るった。結果、談話室は三階くらいの吹き抜けになり、広々とした空間を演出している。天井に煌びやかなシャンデリアを吊るしたのは、これまた跡部の趣味だった。
一年遅れで入学してきた中では、鳳が許可を取ってグランドピアノを持ち込んだ。腕前が素晴らしいものだったからこそ置くことを許された感もあったが、何も勤勉は勉学にのみ発揮されるわけではない。レイブンクロー生は音楽に理解を示す者も多く、時に鳳のピアノをバックミュージックに午後の一時を過ごすこともあった。静かな空間に伊武の呟きは良く響き、そこから討論へと発展することも少なくはない。知識があり、各々が自身の考えを持っているからこそ、互いに意見を交わし合うことは紛れもなく有意義な時間だ。人が違えば視点も異なり、そうして導かれる新たな考え方は、彼らを更なる高みへと押し上げていく。ページをめくる音、豊かなピアノの調べ、研磨する討論。それらがレイブンクローの談話室を満たす常だった。
しかし、忘れてはいけない。そんな彼らとてやっぱりまだまだ、大人ではなく少年なのだ。
「暇。ジャッカルんとこ行ってくる」
開いていた飛行術の本を閉じ、転がっていたソファーから立ち上がったのは丸井だ。ぽんっと軽く叩かれた本は宙を浮いて、自動的に本棚の元あった隙間へと戻っていく。次いで立ち上がった小春は、途中だった薬草学のレポートをさっとまとめる。
「あたしもユウ君と一緒に課題やってくるわぁ」
「俺も金ちゃんとこに行ってくるばい」
「じゃあ俺は不二のところでお茶でもしてこうようかな」
千歳が、佐伯が続々と立ち上がる。すでに最初の丸井は談話室から出て行っており、その姿は見えない。
「俺も日吉のところに行ってきますね。跡部先輩、スリザリンに何か伝言とかありますか?」
「いや、特にねぇな。俺様はグリフィンドールに行ってくるぜ。ジローのやつ、次にレポート提出を忘れたら幸村に制裁されるって言ってたからな」
「跡部、俺も同行しよう。菊丸も同じことを言っていた」
「ならば俺は弦一郎のところにでも行くとしよう。一氏と財前に遊ばれて、そろそろ弦一郎の堪忍袋の緒が切れそうだからな」
長太郎は手土産にと、自身が持ち寄ったクッキーを籠に少しばかり移し替える。跡部は溜息を吐き出して立ち上がり、同じく昔馴染みの危機を憂いた手塚もそれに続いた。柳は幸村を制するよりも真田を宥める方を優先し、談話室には観月と伊武だけがちょこんと残る。いつも静かなレイブンクローだが、ふたりきりとなれば話はまた別だ。
「まったく、皆さん仕方がないですね。伊武君、私たちは大広間にでも行きますか? この時間なら、どこかしらの寮がおやつでも食べていることでしょう」
「別に俺は行かなくてもいいし・・・? まぁ観月さんがどうしてもって言うなら話は別だけどさ・・・」
「はいはい、それじゃあ行きますよ」
そうして観月と伊武も去ってしまえば、談話室は無人となる。今度こそ完全なる沈黙が広がるけれども、これも三日に一度は見られる光景だった。豪華で居心地の良い談話室があるのにも関わらず、レイブンクロー生たちは他寮へと出かけていく。そんな彼らをスリザリンは「寂しがり屋」だと評し、ハッフルパフは「微笑ましいなぁ」と温かい目で眺め、グリフィンドールは「うるさいのが好きなんだ?」と意地悪く笑うのだ。どんなに賢く大人びたレイブンクローであっても、やはり今はまだ成長期の少年たち。友達と騒ぐことだって、大好きな年頃なのだった。
(二日本を読んでたら、三日目には騒がしさが恋しくなる。そんなレイブンクローの皆さん)
6.足の引っ張り合いスリザリン
本校のスリザリン寮は地下牢にあるらしいが、この学校では二階の陽の良く当たる場所に作られている。ただでさえ性格に問題のありそうな輩ばかりが集うのに、これ以上陽の光の当たらないじめじめした場所に閉じ込めて更に性質が悪くなったらどうするんだ、というのが理由らしいが定かではない。魔法史の授業の後、先日提出したレポートの誤字脱字の訂正を命じられて、不貞腐れながらやり遂げてきた切原は、唇を尖らせたまま自寮の扉を開く。
「ただいまっすー・・・」
開けた瞬間、目の前に広がる談話室の光景にドアを閉めたくなったけれども、それよりも中から伸びてきた蔦の方が早かった。薬草学が得意ではない切原には、それが何の植物なのか分からない。それでも太い蔓でがんじがらめにし、強い力でソファーまで引っ張るそれは間違いなくただの植物ではないと理解する。ぱたん、と背後で扉が静かに閉まる。そしてソファーに強制的に座らされた切原の前に差し出されたのは、マグカップに入った紅茶だった。見上げればそこには、同じスリザリンの先輩である白石の姿がある。
「お疲れさん、切原君」
「はぁ・・・」
「みんなでお茶しよう思うて、紅茶入れて待っとったんやで? ほら、遠慮せえへんで飲みいや」
ほらほら、と手の中に押し付けられたマグカップは、確かに切原のものだ。しかし素直に「じゃあいただきます」と飲み込めないのにはいくつかの理由がある。まず第一に、談話室にスリザリンの寮生が全員揃っているこの不自然な状況だ。それぞれ好き勝手に動くことを信条としている面子が勢揃いするなんて、それこそクイディッチの試合前のミーティングか、あるいはテスト前くらいしか考えられない。そして第二に、切原を先ほど拘束して引っ張った蔓である。今はしゅるしゅると植木鉢に収まるサイズに戻っているが、それと同じような蔓が談話室の奥、各自の部屋へと繋がる扉の前にも鎮座していた。つまり先には進めず、そして後にも戻れない。どうしてあんな蔓が存在しているのか。加えて最後の問題は、紅茶を差し出しているのが白石だということである。
「おまんの出すもんを飲み食いする奴がいると思うんか? どんな毒が含まれちょるか分からんしのう」
切原の心中を代弁してくれたのは、少し離れた一人掛けのソファーに座っている仁王だった。肘を立ててにやにやと意地悪い笑みを浮かべる仁王に、近くの忍足も同意して呆れたように頷いている。よくよく見渡せばふたりを含めた全員の前にマグカップが置かれており、そしてその中身はどれも一滴たりとて減ってはいなかった。
「まったく・・・。白石君、今回は何ですか? 話があるなら、こんな面倒な手段を使わずにさっさと言いなさいよ」
自分の分のマグカップを奥に追いやり、自らコーヒーを入れるのは寮長である木手だ。優雅に啜る彼の隣で、甲斐が余りのおこぼれを貰っている。ミルクと砂糖をたくさん入れるそれは、もはやカフェオレへと変わっていた。にこやかな笑みを浮かべていた白石は、すっと表情を消して木手を見やった。沈黙がしばし流れ、まぁええわ、と白石が低く呟いて談話室を見回す。
「ほな、単刀直入に聞くわ。俺の可愛えマンドレイクのゴラちゃんがいなくなった。採ったんは誰や? 正直に名乗り出るんやったら、今はお説教だけで見逃したるで?」
うわぁ、胡散臭い笑顔だね。笑ったのは不二だけで、名乗り出る輩はいない。紅茶は自白剤入りですか、と日吉が納得したようにマグカップの中身を睥睨する。白石が薬草学、その中でもとりわけ毒草に対して深い造詣を有していることは、スリザリンだけでなく学校内でも広く知られている事実だ。寮の裏にある薬草園では、教師の許可を取って様々な草花を育てている。ひとつひとつに変な名前を付けていることもスリザリン寮生たちは知っていて、だからこそ白石の出す飲食物には手を付けないのがお約束だった。口にしたら最後、どんな毒を試されるのか分かったものではない。沈黙が広がる。互いを窺い合ったりもしない、無視に近い形のそれに白石がこめかみを引き攣らせる。
「そうか・・・。全員、俺に喧嘩売るっちゅーわけやな」
「誤解しないでくれますか。採ってないから黙ってるだけですよ」
「わんも永四郎と同じさー」
「僕も同じだよ。ねぇ、忍足?」
「せやな。俺も同じや」
「右に同じです」
「右に同じナリ」
「右に同じ? っす」
木手に甲斐、不二と忍足が発言し、日吉と仁王と切原がそれに続く。その間もぴきぴきと白石のこめかみは引き攣る強さを増しており、そんな彼を楽しげに眺めている者もいるのだからスリザリンの性質の悪さが窺えた。植木鉢に戻っていた蔓が、再びにょろにょろと長さを伸ばし始める。机に掌をついている白石の肩はすでに震えており、果たして次はどんな手段で来るのか。注意深く、それでも幾分かの期待を込めて皆が見守る中、肩を竦めて溜息を吐き出したのは木手だった。
「いい加減にしなさいよ、白石君。また談話室を破壊する気ですか」
「っ・・・! せやかて、俺のゴラちゃんが・・・! あともうちょっとで収穫出来たんやで!? 明日やったら育ち具合も完璧やったのに!」
「君も大概面倒くさいひとですね。分かりましたよ、飲めばいいんでしょう、飲めば」
「ぬー? 永四郎、本気か?」
甲斐が表情を歪めるが、木手は何食わぬ顔で紅茶の入ったマグカップを持ち上げる。鋭いまなざしで全員を見回し、ぎらっと眼鏡を光らせる様は、問答無用で「このまま放置しておくと半月はぐちぐち言い続けるから五月蠅いんですよ」と語っている。光明が見えて目を瞬いている白石本人は気づいていないが、不二や忍足、仁王あたりは正確に木手の思惑を読み取った。仕方ないね、と言って彼らもマグカップを持ち上げる。日吉や切原など後輩もそれに続いた。
「白石君、同じ寮生を疑うなんて失礼なことしてるんですから、君も一緒に自白剤を飲みなさいよ」
「せやな! すまん、みんな。恩に着るで」
「そんなこと言うくらいなら最初っから疑わないでほしいっす」
「大丈夫や、これは秘密を一個だけ話すよう量を調整しとるからな。俺が知りたいんはゴラちゃんの居場所だけやし」
「ならいいでしょう。さっさと済ませますよ。それじゃ乾杯」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「乾杯!」
木手の変わらないテンションに、やる気ない乾杯が六人重なる。白石だけは満面の笑みだったが、それでもマグカップに唇を付けはするけれども互いを窺い合って飲もうとしないのは流石スリザリンだ。服従の呪文かけるよ、と木手が言い、ようやく全員が一気に紅茶を飲み干した。そして始まる強制暴露タイム。
「犯行は僕じゃないけど、この前甲斐君のお気に入りのグラビア雑誌にコーヒーを零したのは僕だよ。ごめんね?」
「人参、わんのは全部切原ん行かやー魔法かけてるさー。切原も人参しかんがしや知っちょるやしが。ごめんちゃい!」
「は、八点でした! この前の魔法薬学のテスト! 教えてくれた忍足さんマジすんません! ほんとすんません!」
「教科書に載っとった妖精ウンディーネの写真を柳生に変えたんは俺や。仁王の教科書だけやけど、すまんかったなぁ」
「しょうがないから告白するかのう。日吉秘蔵のぬれせんべい食べたのは俺ナリ。美味かったぜよ。一応謝っとく」
「でかくて分厚くて邪魔だったので、白石さん著の『毒草聖書』は図書館に寄贈しました。悪いとは思ってませんがすみません」
「しかたなかったんやで? 木手君から借りた服、洗って返そう思うてアイロンかけたら縮んでしもうたんや。すまん!」
「たべものじゃないと思ったので、不二君の激辛調味料をすべて捨てたのは俺です。じゅんにわっさいびーん?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ふうん」
「へえ」
「マジすか」
「そうなん」
「ほう」
「ちっ」
「ほんまに」
「なるほど」
しばし沈黙が支配して、ぎらりと睨み付ける眼差しは器用にも一周する。そうして別の喧騒が始まるまで約十秒。その日のスリザリン寮はやけに騒がしく、教師たちが怒鳴りに来るまで少年たちの醜い争いは続けられたのだった。
(さて、犯人は誰でしょう? 答えは作中にあります)
2011年1月30日〜2月6日