たしかに、彼女の存在は知っていたんだ。
容姿端麗で成績優秀、絵に描いたような優等生。
人当たりもよくて誰にでも平等に接する。
異性の男だけでなく同性の女の子にまで人気が高いなんてスゴイなぁって思ったし。
実際に同じクラスになって、その評判が間違っていないってことも判った。
けれど知らなかったよ。
彼女がこんなに魅力のある子だったなんて。





青春学園中等部生徒会(3-6出会い編・不二)





授業が終わってやっとお昼の時間。
みんな友達と机をくっつけてお弁当を広げ始める。
かという僕もお弁当箱を取り出して。
「ふーじ! 早く食べよー」
「ハイハイ」
前に椅子を持ってきて座った英二とお昼ご飯。
今日は和風のメニューみたいだ。
ひじきのご飯に醤油で下味のつけられた鶏のから揚げ。
ほうれん草のおひたしにかぼちゃの煮物。
どれも美味しくて、母さんに感謝をしてみたり。
「見て見て、今日はタコさんウィンナーに挑戦してみたのにゃ!」
「ホントだ。上手いね、英二」
自慢げにタコさんウィンナーを掲げる英二の向こうに女子の集団が見える。
机を四つ繋げてお昼を食べている7人の女の子。
中心にいるのはサラリとした黒髪を揺らしている子で。
彼女は今年初めて同じクラスになったクラスメート。
その横顔が綺麗だなぁなんて思う。
別に好きとかそんなんじゃなくって、ただ単に造作の整っている子だなと思うだけで。
華やかだけど落ち着いた雰囲気を彼女は持っている。



「あ、手塚!」
英二の声に視線を動かすと、扉のところに見慣れた姿が立っている。
お弁当片手にどうしたんだろう?
「手塚ーこっちこっち!」
手招きをする英二に手塚も教室内へと入ってくる。
女子の目がそれに合わせて移動するのが面白いよね。
だからといって僕たちのことまで見なくてもいいんじゃないかなって思うけど。
「どうしたの? 手塚」
「にゃんか用事?」
手塚が僕らの教室を訪れることはほとんどない。
逆に僕らが手塚の教室に行くことは結構あるけどね。
英二が教科書忘れたりして。
そのたびに『忘れ物が多い』って説教するんだから、まったく手塚は真面目だね。
「いや、おまえたちに用があるわけじゃない」
「じゃあ誰?」
英二と一緒に首を傾げた。
手塚がお弁当持参で会いに来るような人がこのクラスにいたっけ?
そんな親しい人がいるなんて聞いたことない。
だけど手塚はまっすぐに視線を定めてその人物の名前を呼んだ。







ゆっくりと振り向いたのと同時に黒髪が音を立てて揺れる。
整った顔が正面を向いて。
あぁやっぱり綺麗だ、なんて思ってしまった。



「何? 手塚」
「さっき中村先生に渡された書類のことで少し話があるんだが」
「それって今じゃないとダメなの?」
「・・・あぁ、出来れば」
手塚の言葉に彼女は一つため息をついて。
食べかけだったお弁当をもう一度包みなおす。
「ごめんね、仕事が入っちゃったみたい。また今度一緒に食べよう?」
同席していた女の子たちに柔らかく笑って。
・・・・・・・・・本当に、綺麗な笑み。
「ううん! いいよ、さん。気にしないで」
「また今度一緒に食べようね!」
ほんのりと頬を赤く染めて首を振る女の子たち。
たしかにあの笑顔は同性にも有効だろうね。
それにやっぱり笑みを浮かべて彼女は椅子から立ち上がる。
そして手塚の方に近づいたかと思うと、何かを小声で打ち明けて。
「・・・・・・・・・すまない。を借りる」
う、わ。
手塚がそんな台詞を言う日が来るなんて。
女の子たちは何も言えずに首を横に振る。
手塚からのフォローも入って、これで後腐れもなく彼女も席を外せるってわけだ。
それを手塚にさせたのは間違いなく彼女。
・・・・・・・・・やるね、さん。



二人は僕たちの席から一つ空けた隣に腰を下ろした。
二つの机を向かい合わせにしてとりあえずお弁当を広げる。
そして真ん中にはプリントを置いて。
食事を取りながらも話を始める。
僕と英二は物珍しがってその様子をじっと見ているけれど、クラスの大半の子は少し遠巻きにして二人を見ている。
その気持ち、分からなくもないけど。
だって方やテニス部で部長を務め女子にも絶大な人気を誇る手塚国光だし、もう片方は才色兼備と誉れ高い
二人が並んでいるとまるで一枚の絵みたいだし。
見るなという方が無理だよね。
僕らの席だと二人の話し声も聞こえてくる。



「この書類を? 来週の月曜までに?」
ホッチキスで留められた紙の束を机に置いてさんが言う。
「手塚宛の仕事じゃない。これが何?」
「・・・・・・夏の大会に参加する部活の統計はとってあるだろう。それと去年の実績とで検討すればいいだけだ」
「分かってるならさっさとやったら? 今日は金曜日だしもう時間ないわよ」
さんは箸で器用に黒豆をつまんで。
対する手塚はというと眉間にシワが寄ってる。
「・・・・・・・・・」
「去年の実績は資料室の4つ目の棚の一番上。フロッピーなら圧縮かかってるから解凍しなさいね」
「・・・・・・・・・
「なーに? 手塚」
ニッコリと微笑んで。
問答無用な雰囲気を漂わせるそれに手塚は黙り込む。
それにしてもさん、手塚のことを呼び捨てにしてるんだね。
初めて見たよ、手塚を呼び捨てて対等に話す女子なんて。
二人は生徒会か何かで一緒なのかな?
手塚が生徒会長になったのは知ってるけど、副会長以下は会長による任命制だからあんまり名前が知られてないんだよね。
会話から察するにさんは生徒会のメンバーみたいだけど。
「思えば手塚と知り合ってからもう二年が過ぎたのね。中学校に入学したばかりだった私たちも最高学年となり、責任ある立場になった。それなのに手塚は何の進歩もしてないの? この二年間は成長するに無駄な時間だった?」
手塚の眉間にシワが寄って。
さんは逆に満点の笑顔。
「何も言わずに願いを叶えてもらおうなんて都合がよすぎるんじゃないの?」
キッパリハッキリと言い切った。
うわ、手塚にここまで言える女子も初めてだよ。
隣の英二も目を丸くしてるし。
「これは手塚に任された仕事でしょ? なら他人に押し付けずに自分でやりなさいよ」
「・・・・・・・・・しかし」
「あぁ、実績優秀なテニス部の部長さんは一週間後に都大会を控えてるからそんな仕事をする暇はないって? だから私に押し付けるんだ?」
「・・・・・・・・・」
「自分を中心に物事を考えたいのなら北極にでも行くことね。私にも私の予定っていうものがあるんだけど?」
「・・・・・・・・・」
黙りっきりの手塚にさんは呆れたように肩を落とした。
「ねぇ手塚」
発する声までとても綺麗。
「私、いつも言ってるわよね?不満と願望は隠せないのならちゃんと口に出しなさいって」
少しだけ、身を乗り出して。
「言いなさいよ。とりあえず聞いてあげるわ」
柔らかく笑った。



そのときの衝撃ときたら言葉のしようがなかったと思う。
今まで見てきた笑顔とはまったく違って。
特別な素顔。
甘くて柔らかい本当の『笑顔』だった。



「・・・・・・都大会が近いんだ」
「うん」
ポツリポツリと話し始めた手塚に相槌を打つ。
「実力のある一年も入ってきて、今年は万全の体制で望めそうなんだ」
「うん」
「俺たち三年はこの大会で最後だから、・・・・・・・・・出来れば今はテニスに集中したい」
「うん」
に仕事を押し付けることになってすまないと思う。大会が終わったらすべての仕事は俺がやる。だから」
「うん」
「・・・・・・・・・仕事を、引き受けてくれないか」



手塚の本音に胸が痛んだ。
英二も泣きそうな顔で手塚を見ている。
そう、僕らがこの学校でテニスを出来るのは今年で終わり。
たとえ高等部に進んでもまたみんなが揃ってテニスを出来るなんて保障はどこにもない。
この大会が、最後かもしれない。



目線を下げたままの手塚にさんはうっすらと微笑んだ。
これもさっきと同じ、本当の『笑顔』。
ちゃんと言えるじゃない」
顔を上げた手塚に笑いかけて。
「いいわよ、引き受けてあげる。その代わりちゃんと報酬は貰うわよ?」
「・・・・・・トップスのチョコレートケーキ」
「残念。今はモロゾフのプリンに凝ってるの」
「そうか」
「それとエルソールのフルーツタルトね。書類は出来次第持っていくわ。一応確認は必要でしょう?」
「ああ」
「私、明日デートだったのになー。中村先生もイヤな時に仕事持ってきちゃって」
話が一段落付いたのか、二人はお弁当を食べることに集中し始める。
手塚の春巻きとさんのアスパラのベーコン巻きが交換されて。
羨ましい、なんて思ってしまった。



「遠慮しないで言えばいいのよ」
さんはそう言って笑う。
「嫌なときは嫌だって言うし、無理なら無理だって断るわ。だから安心して頼みなさい」
柔らかい笑みは本当の『笑顔』。
「ありのままの手塚でいいんだから」



羨ましいと思った。
彼女にそう言われた手塚を心底羨ましいと。
『ありのままの自分でいい』なんて、誰かに言ってもらえるなんて。
本当の『笑顔』を向けてもらえるなんて。
手塚をずるいと思った。
そして、さんにそう言ってもらいたいと願っている自分に気づく。





こうしてさんの魅力に取り付かれた僕は、その後色々とアプローチして現在に至る。
たぶん僕のポジションは『普通の知り合いよりは仲のいい男の子』なんだと思う。
さんの傍はやっぱり気持ちがよくて。
出会えてよかったと心から思う。
これからもどうか、こんな関係が続きますように。
出来れば恋人になりたいなんて思わないでもないんだけどね。
(でもとりあえず今は友達でいさせて)





→ 菊丸編
2002年9月6日