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4月21日、彼女は生まれた。





the best days of their life





たとえ今日が卯ノ花の誕生日だとしても、死神統学院は平常どおり開講し、いつもどおり授業を行う。
いくら彼女が主席の生徒とはいえ、ただ一人の誕生日を学院が祝うはずもない。
ただでさえ死というものから遠ざかっている彼らにとって、生まれた日というのはたいした意味を持たないのだ。
己に余裕のある死神や、家族と暮らす流魂街の人間ならまだしも、今は死神を目指して鍛錬に勤しんでいる院生たちは殊更に。
中には友人同士で祝いあっている輩もいるらしいが、卯ノ花は誰にも己の誕生日を明かしていない。
だから今日も一人静かに、変わらない日を過ごす。
それでいいのだと彼女は思う。
陽だまりの中、聞こえてくる教師の声。
音を立ててめくられる教科書、新しい鬼道の数々。
目線を上げれば前から二番目の席に、凛とした小さな後ろ姿があって。
気配を探れば院内のどこかにいるらしい、馴染みの霊圧を感じて。
卯ノ花は薄く微笑し、目を伏せる。
そう、これだけでいいのだ。



変わらずに授業を終え、変わらずに教室を後にする。
いつもはこのまま寮へ帰るのだけれど、卯ノ花は中庭へと足を向けた。
一目顔が見れたらいい。それを自分への贈り物にしよう。
そう思って、回廊から庭へと降りる。
八重桜の控えめな芳香が、風に乗って届く。
その根元に制服の袴から伸びている足を見つけ、自然と卯ノ花は唇を綻ばせた。
さく、と草が音を立てる。



「空間持論、何か課題でたか?」
倫まであと十歩というところでかけられた声に、卯ノ花は思わず笑った。
くすりと笑みを漏らしながら、目を閉じたまま横になっている彼の隣に腰を下ろす。
「いいえ。ですが白打法で抜き打ち試験がありました」
「マジ? やべぇ、明日行っとこ」
「今すぐの方がいいのでは?」
「今日はいい。やる気しねぇ」
そう言ってごろりと転がる倫はどこか愛らしい。
柔らかく細めた目を空に向ければ、視界には紅色の花が咲き乱れる。
風に揺れるそれらは、卯ノ花の目にひどく優しい。
「・・・・・・綺麗ですね」
「そうだな」
「桜、お好きですか?」
「嫌いじゃねぇな。花は女を映えさせる」
「あなたらしい」
笑い声が二つ重なる。
崩した膝の上、赤い袴の上に花びらが舞い降りる。
こうしてみればやはり色は薄く、卯ノ花はその美しさに手を伸ばした。
摘まむ花びらは小さく、重ささえ感じない。
取るに足らない些細なもの。それがまるで今日の自分を表しているようで、卯ノ花は僅かに笑った。



静かに穏やかに過ぎていく日常。
それだけで十分。



目を閉じて桜の舞を感じていると、隣で身を起こす気配がした。
瞼を押し上げれば、倫が自分の髪についた花びらを乱暴に振り払っている。
手で覆うことなくされた欠伸は、無作法というよりも健康的で。
振り向いた彼は、眠気を払った目を細めて片口を上げた。
「おまえ、これから暇か?」
それは何を意図しての言葉だろう。不思議に思いながらも卯ノ花は頷く。
願いも叶えたし、後はもう寮に帰るだけ。
「数分もすれば、そこの回廊を砕蜂が通る。そうしたら三人で甘味でも食いに行こうぜ。昨日賭けで稼いだから奢ってやるよ」
「・・・・・・彼女は図書室へ行くのでは?」
「毎日勉強ばっかしてたら馬鹿になるだろ。一日サボったくらいであいつは主席から落ちねぇよ」
「それもそうですね」
筆記で次席、三席を修めている自分たちが認めるのだから間違いないだろう。
悪戯に笑みを交わせば、慣れた霊圧が近づいてくるのを感じる。
おそらく彼女はきつい言葉で文句を連ねて、けれど最終的には甘味を共に食べるだろう。
餡蜜を選ぶだろうか。それともところてん? 予想するだけで楽しくなる。
隣の倫が立ち上がった。伸ばされる手が逆行の中でも見える。
「行こうぜ、卯ノ花」
「―――はい」
桜が舞う。



いつもと変わらない一日。
いつもと変わらない日常。
それでいいのだ。
それが、いい。



桜が咲き溢れ、倫と砕蜂がいる。
それだけで卯ノ花にとっては、十分意義のある誕生日になるのだから。





→おまけ小話
2005年4月21日