「―――ではそろそろ午後の部を始める」
手塚の一言に場は急に緊張感を持って、雰囲気が一変した。
七人の統治者はそれぞれの素顔を一瞬で消して、支配者の顔になる。
それはとても鮮やかに。
見惚れてしまうほど鮮明に。





山吹の覇者〜新年の始まりはリーダー決め☆今年の勝負は羽根突きだ!〜





「第四試合、氷帝の帝王・跡部景吾VS聖ルドルフの女王・観月はじめ!」
昼休みで大分回復したのか再度審判席には大石が座って。
「始め!」



コンコンッと板で軽く羽をもてあそぶ跡部はその形のいい唇を歪めて笑った。
「じゃあ行くぜ? 聖ルドルフの女王サマ」
「いつでもどうぞ、氷帝の帝王殿?」
こちらもニヤリと笑われて。
どちらも一癖ある笑顔で勝負開始。



「ね、さん」
河村に入れてもらった緑茶を片手にリョーマが近づいてくる。しかも何故か笑顔全開で。
少し離れた場所から見ていた青学の三強はつい『アレは誰だ?』とまで思ってしまったくらい、ニコニコ顔のリョーマ。
けれどは普通に応対をする。
「何、越前君」
「リョーマでいいっスよ。それよりこの後、手塚先輩と試合っスね。何か秘策でもあるんですか?」
変わらぬ表情で口元だけ動かして微笑むに余裕を感じ、リョーマはヒュウッと口笛を吹いた。
そして自然な動作での耳に唇を近づける。
「・・・・・・何なら手塚先輩の弱点とか教えてもいいっスよ? もちろん、タダじゃないけど」
耳元で囁くようにつむがれる言葉にがくすぐったがって、けれどリョーマはさらに笑みを深めて続きを告げる。
「今度、俺に付き合ってよ。そうしたら教えてアゲル」
「ちょお――――――っとまったぁ!!!」
このお誘いにはさすがにストップがかかった。
止めたのはやはり組織『山吹』のナイト・千石清純で。その後ろでは青学の三強も不動峰のキングも止めようと腰を上げていて。
リョーマはそれを見回して楽しそうに笑う。
「何? 人が口説いてる最中に邪魔しないでくんない?」
「なーにをサラッと! は越前君なんかにはあげれないね! 100年早い!」
「いいじゃん、別に。俺は来年には『青学の主』になる予定だし? お買い得だと思うけど」
「そんなヒヨッコにはやれません! あぁぁもう青学の三強も後継者の指導を間違えてるよ!!」
ほとんど逆ギレ状態で千石が叫んだ。
「そうだね。本当に申し訳ない」
「まだまだ教育が必要なようだ」
「特別メニューを考えなくちゃいけないな」
不二、手塚、乾がヌッと現れて小さなリョーマを捕獲すると力任せに遠慮なくコートの隅へと引き摺っていく。
憤慨して肩を怒らせる千石の後ろで、はクスクスと笑いながら。
「心配は無用だよ、越前君。俺は俺のやり方で勝つから」
そう言って嫣然と微笑んだ。



「つーかテメェら! 俺様が美技を披露してるときに何してやがんだ!」
怒声を響かせて現れた相手に、千石は一瞬きょとんした表情を返す。
「・・・・・・・・・あれ、跡部君。もう決着ついたの?」
「終わったに決まってんだろうが! 俺様を誰だと思ってんだ!?」
「跡部君は跡部君でしょ」
あっさりと返事をしながら視線を動かすと、跡部の向こうで墨で真っ黒な顔の観月が見える。
打ち震えているのは悔しさからか、裕太がその隣でオロオロとしていて。
「跡部君のストレート勝ち? もっと手こずるかと思ってたけど」
「はん。俺があんな奴に負けるかよ」
得意げに言う跡部の隣では忍足がため息をつきながら肩を落として。
「跡部の奴、組織『氷帝』の中で組織変えしたいって言うとる学校があるから、それを餌に観月を攻略したんや。まったくイイ性格しとるで」
「あーそっか。組織『聖ルドルフ』が今のところ一番学校数少ないし、観月君も欲しいだろうしね」
「いつか刺されて死ぬで、この悪人は」
千石と忍足、二人して眉を顰めてみるが、そんなものは何のその。
跡部は悠然と構えて言った。
「利用できるもんは利用して何が悪い?」
きっとこの人は殺されて死ぬんだろうと二人は妙に確信した。





若草色の着物がタスキで結い上げられる。
現れた色白の腕は細いわけではないけれど、頑強とはどうしても言えなくて。
伊武は思わず着物を支えていた手をそのままに顔をしかめてしまった。
「―――大丈夫だよ、俺は」
タスキをきつく結び上げたが伊武の不安を感じ取ってか、穏やかに笑う。
「だてに一年の頃から『山吹の覇者』を名乗っているわけじゃない。戦い方くらい心得てるさ」
「・・・・・・それならいいですけど」
「心配ありがとう」
シルバーフレームの眼鏡はかけたままで、静かに立ち上がる。
その横顔は何よりも凛々しくて、何よりも頼れるものだと感じさせて。
眩しいものを見つめるかのように伊武は目を細めた。
「・・・・・・のことなら心配するな。アイツはあぁ見えてかなりのやり手だ」
橘の言葉に大人しく頷いて。
先ほどまでの不安感はコートにたたずむ彼の出で立ちにすべて払拭されていた。



「いいかい、手塚。くれぐれも油断だけはしないように」
「あぁ、判っている」
「手塚の顔が墨で真っ黒になるのを楽しみにしてるよ」
「・・・・・・・・・不二、おまえは俺と同じ『青学の三強』なんじゃなかったのか?」
「たしかにそうだけど、の綺麗な顔が墨で汚れるのは見たくないしね。それなら手塚の負けを祈るよ」
「・・・・・・・・・」
実に個人の欲望に従った激励でない激励に手塚は渋面を返して、けれど大人しく羽子板を片手にコートへと入っていく。
「手塚なら去年もと戦っているからどうにかなるだろうね」
乾が新しいノートを用意しながら言うと、ふんっという軽い嘲笑が聞こえてきて。
視線を動かせばそこには洗顔用クリームで墨を綺麗に洗い落とした観月がにこやかに、けれど挑戦的に笑っていた。
「あなたがたは何も知らないんですね」
「・・・・・・どういうこと?」
午前の勝負を引き摺っているのか、不二が不機嫌そうな顔で聞き返すと観月はさらに笑って。
「去年の勝負のことですよ。・・・あぁそういえばまだあなた方は統治者ではなく一般の生徒でしたっけ?」
心底楽しそうに笑いながら水に濡れた前髪をクルクルと巻きつけて観月は言った。
―――――――衝撃の事実を。
「去年の勝負は『福笑い』だったんですよ? 戦うも何もそういう問題じゃありません」
・・・・・・・・・・・・乾と不二は思った。
きっと本年度のリーダーは『青学の三強』ではない、と。



「第五試合、青学の三強・手塚国光VS山吹の覇者・!」
個人的な興味から大石に審判を代わってもらった菊丸が満面の笑顔で開始を告げる。
「始め!」



カコンッと音を立ててが羽をついた。
それは綺麗な弧を描いて相手コートへと辿りつき、手塚はとりあえず様子を見ようと思い軽く打ち返す。
しかし―――――――――



カンッ



鋭い音が響いて色とりどりの羽が手塚のコートへと決められた。
直線軌道に沿って、それはもう綺麗なスマッシュが。
誰もが信じられないように目を見開いて。
そんな中ではいつもと変わらない表情で髪をかきあげる。



「あーぁ、甘く見ちゃダメじゃん手塚君。本気でが『自信はないよ』なんて言ったと思ってるの? まだまだだーね」
千石が饅頭を片手に楽しそうに声を上げて笑う。
『自信がないよ』とは今朝方にの言った台詞。
あのときは確か千石がの代わりにくじを引くと言い出して、はテニス経験者ではないからと皆が了承して―――・・・。
「まさか・・・・・・・・・」
ギギギッとロボットのように首を動かして手塚が客席を見ると、千石はニッコリと笑顔を見せる。
「そ。はテニス経験者だよ。経験者じゃないなんて本人は一言も言ってないじゃん。さっきは自身がみんなのことを『テニス部員だから』って言ったでしょ? はテニス部員じゃないけど、テニス経験者。だから俺や山吹テニス部もときどき相手してもらってるんだよねぇ」
「―――――――っんだと!?」
跡部がいきりたって立ち上がった。
「汚ねぇぞ! 正々堂々勝負しやがれ!!」
「・・・・・・それ、跡部にだけは言われたくないな」
はクスリと小さく笑って。
「『利用できるもんは利用して何が悪い?』、なんだろう?」



手塚の顔には右目を囲うように丸い墨が一筆。
そして今は本気になったようで激しいラリーの応酬が続いている。
あの手塚と互角に渡り合っているの腕前に誰もが感心して、食い入るように見つめて。
はねぇ、一年の仮入部のときはテニス部だったんだよ。だけど本入部の前に『山吹の覇者』になっちゃって、忙しくなるから部活には入らなかった」
千石は自慢するかのように誇らしげに笑いながら饅頭を食べる。
その余裕ある態度を支えるのは完全なる信用。
千石清純から『山吹の覇者』に対する、『』に対する絶対の信頼。
それは組織『山吹』人間でないと判らない。
この、確固とした安心感と沸き出でるような自信は。
「俺たちの『山吹の覇者』が、負けるわけないじゃん」



何百回と続いていたかもしれないラリーを経て、手塚の繰り出したドロップショットは木目の板に滑っての陣地までは届かなかった。
「2−0!」
菊丸がそうカウントすると、は羽子板を置いて用意された墨を手に取って手塚の顔に一筆。
先ほどは右目だったから、今度は左目をグルッと一周。
手塚の両目にはまぁるい輪っかが出来て、ギャラリーが思わず噴出した。
眉間にシワを寄せたまま眼鏡をかけ直してコートに戻る手塚に、サーブを打つは小さく笑って言った。
「・・・・・・羽根突きは、テニスよりも卓球に似てる」
高く羽を放り投げて。
「ならばスライス回転はこうやって打つんだよ。体ごと動かして、ね!」
ヒュンッと振り下ろされた腕の先から羽は勢いよく手塚へと向かっていく。
打ち返そうと構えた途端、羽は音もなく消えた。
急速にカーブを描いてお互いの陣地の境へギリギリのラインで着地して。
―――――――――――一瞬の出来事だった。
手塚は大きく目を見開いて、視界の端ではの若草色の着物の裾が揺れていて。
「3−0! 勝者、山吹の覇者・!!」
高らかに菊丸が宣言をした。



手塚の麗しい顔にはすでに丸が二つ。
眼鏡を外させるとは用意していた筆を持ち上げて一本線を引く。
丸二つを繋げるように、鼻の上を通って。
「「「ぶっ!!」」」
思わず噴出したのは見ていたギャラリーたち全員で。
遠くから見ていた桃城や海堂も笑いに肩を震わせている。菊丸などはすでに大笑いで審判席から転げ落ちて。
「手塚! 手塚ってば眼鏡ナシでも眼鏡顔になってる〜〜〜!!」
大声で言われた台詞に首を傾げ、大石に手渡された鏡を覗けば・・・・・・・・・。
墨で書かれた自分の顔。眼鏡もかけていないのにいつもと何ら変わりがないのは、きっと綺麗に描かれた眼鏡のラインの所為で。
「・・・・・・・・・
「よかったな、手塚。これでもう眼鏡を忘れても大丈夫」
「〜〜〜〜〜〜大丈夫なわけあるかっ!」
大声で怒鳴り散らしても当の本人はケロッとしているし、ギャラリーはますます笑い出す始末。
「イイ男だよ、手塚」
「・・・・・・・・・・そうだな、おまえもどちらかと言えば跡部と同じで物事の手段を問わない奴だった・・・」
ガックリと肩を落とす手塚にはちょっと首を傾げて、それは心外、と呟いた。
「俺は嘘もついてないし情報操作もしていない。ただ、黙っていただけで」
「それが悪い」
「それは失敬」
本当に飄々としているを見て手塚は思い出す。
この手腕を持ってしてが数々の問題を解決していることを。
使えるものは使い、最優先すべきことは最優先する。そのためなら手段も問わないのが『山吹の覇者・』なのだと。





「次はいよいよ決勝だね」
不二がワクワクしながらコーヒーを飲む。
「っていうか先輩、勝ってリーダーになると何かイイコトがあるんスか?」
コートの片側で軽くラリーをしている跡部と忍足を見ながらリョーマが聞くと、不二とは反対側に座っていた乾があぁと頷いて。
「リーダーになると統治者の中で一番決定権が強まるんだ。たとえば統治者間の多数決で同票だったとすると、リーダーの選んだ意見の方が優先される。他にも色々あるけれど、最も大きいのは呼び出し自由ってことかな」
「呼び出し自由?」
「そう。リーダーは他の統治者を自由に呼び出すことが出来るんだ。仕事のパートナーとしてつき合わせるのもいいし、ただお茶飲みの相手をさせるのも全部リーダーの自由」
「・・・・・・・・・それって、パシリなんじゃないっスか?」
「まぁね、そうとも言う」
サラリと流した乾を見る限り、どうやらそう言った偏った権限の使われ方はしていないようでリョーマはホッと胸を撫で下ろした。
この春で統治者は全員代替わりしてしまうけれど、リーダーは依然として来年度まで引き継がれる。
自分が『青学の主』になったあかつきには、来期の『山吹の覇者』か『氷帝の帝王』がリーダーとなるのだ。
出来れば横柄な奴じゃありませんように、なんてリョーマは柄にもなく祈ってしまった。



視線の先では跡部とは反対のコートでと千石が談笑している。
その様子は緊張など全くしていないように見えて、裕太は逆に少し不安になった。
「・・・・・・さん、大丈夫なんでしょうか」
「その心配は無用ですよ、裕太君。僕は君が負けるところを見たことがありませんから」
「・・・見たことがない?」
「えぇ。知り合ってもう一年半近く経ちますけれど、少なくともその間の彼は負けナシですよ」
「・・・・・・・・・すごい・・・」
観月の告げる言葉に感心したように首を縦に振って。
コートでは相変わらず二人が楽しそうに笑っている。
「問題は跡部がどう仕掛けてくるかだな」
橘が顎に手を当てて真剣な表情で考え込むと、隣の伊武は軽く髪を揺らせて頭を振った。
「・・・・・・アイツのことだから卑怯な手とか使ってくるんじゃないですか」
「あぁ、跡部はあれでいて状況判断に優れている。きっと自分に有利なように事を進めようとするだろうな」
「でも、さんだって負けはしない」
珍しくハッキリ言い切った伊武に橘は少し驚いて、そして柔らかく笑った。



「跡部、大丈夫なんやろな?」
少々不安そうな忍足を跡部は鼻で笑う。
「あーん? 俺を誰だと思ってんだ? 『氷帝の帝王』・跡部景吾だぞ」
「せやかて相手やって『山吹の覇者』・やん。さっき見た限りでは相当の腕前やで?簡単には勝てへんよ」
「それでも勝つ。そしてアイツを俺様の元に跪かせてやる」
自信満々でそう言い切って、跡部はコートに立つ。



「んじゃ、応援してるよん」
笑顔の千石にも一つ頷いて。
「わらび餅、全部食べるなよ? 俺もまだ食べてないんだから」
「オッケーオッケー。ちゃんと取って置いたげる。でもってそれで勝利の祝杯といこう!」
「わらび餅と甘酒で? 正月らしいんだかどうなんだか」
「勝って食べれば何でも美味しいって。・・・・・・ご武運を、『山吹の覇者』様」
「―――――任せておけ」
ハッキリとそう言い切って、はコートに立つ。



濃灰色と若草色の着物がネットを挟んで立ち会って。
「決勝、氷帝の帝王・跡部景吾VS山吹の覇者・!」
最終試合はリーダーである手塚が審判を勤め。
「始め!」
火蓋は切って落とされた。



羽を高く放って腕を振り下ろすの綺麗なフォームに跡部は思わず見とれそうになった。
けれどそんなことをしている時ではない。すぐさま強めに打ち返す。
も寸分違わず打ち返してきて、しばらくラリーが続く。
跡部がの体めがけてスマッシュを打ち込むと、それは柔らかい手首の捻りによって静かに返されて。
羽が、跡部のコートに落ちた。
「ポイント・! 1−0!」
手塚がの優勢を告げる。
そして跡部の顔には大きな×印が一つ。



二度目のサーブは跡部からだった。
テニスのときと同様に思い切り打ち込むと、は難なくリターンを返す。
久しぶりに手ごたえのある相手に自然と笑みを漏らして、今度はの羽子板を握る手へとピンポイントでスマッシュを決めた。
鈍い音がして、羽子板がカランカランとコートへ落ちる。
「ポイント・跡部! 1−1!」
宣言された同点に、は小さく肩をすくめた。



たっぷりと墨を浸した筆を持って跡部はほんの少し困っていた。・・・・・・いや、正確に言えば迷っていた。
今この目の前にあるの顔。眼鏡を外したその顔はとても理知的に整っていて。
スッと通った鼻筋に長いまつげ、紅い唇が絶妙のバランスで配置されているその顔は。
ハッキリ言えば跡部好みの美貌なのである。
だからこそよく考えて、結局―――――――――――。
「何で俺に塗るわけ――――――っ!?」
「うるせぇ。テメェがの代わりにくじ引いたんだから墨も塗られてろ」
千石の悲鳴も切り捨てて跡部は勝手にお絵かきをする。
依然、の顔は綺麗なまま。



今度はのサーブ。
袖を少し強めにたくし上げると、タスキできっちりと結びなおして。
羽を放る。さっきよりももっともっと高く。
そのまま着物を着ていることさえも感じさせず軽やかにジャンプして―――。
「「「虎砲!?」」」
叫ばれた名が言い終わる前に、サーブは最短距離で跡部のコートに突き刺さった。
「ポイント・! 2−1!」



「はい、キヨ。好きに塗れ」
に筆を渡されて千石が楽しそうに跡部へと近づく。
その顔は見事に墨に汚れていて、けれど心底楽しそうに。
「ハイハイ跡部くーん、カッコよくしてあげますよ〜」
「うるせぇ、バカが」
「そんなこと言うとこうしちゃうぞ!」
グルグルと筆を回すと跡部の顔にうずまきが出来た。それはもう某山吹中テニス部員のように。
「〜〜〜跡部君、サイコーッ!!」
カメラのフラッシュが複数光ったのは言うまでもない。(忍足含む)



後一点取ればの勝ちである。
けれどそこは跡部も『氷帝の帝王』。そう簡単に負けることは出来ない。
実力での差異がないのならば、やはりここは――――――・・・。
、おまえのとこの生徒がこの前俺の参加の生徒に暴力を振るったよな?」
「・・・・・・亜久津のことか」
「名前なんて知らねぇよ。ただそこの学校がうるさくてよ、オマエだけじゃなくソイツにも直接謝罪しろって」
「・・・・・・・・・」
「俺が収めてやったんだぜ? 感謝の一つくらい表してくれてもいいんじゃねぇか?」
カコン・カコンと続くラリーの間、は静かに考えて。
「・・・・・・そうだな。ならば一点やろう」
コンッと羽がの陣地へと落ちた。
「ポイント・跡部! 2−2!」
これでまた同点である。



上機嫌で千石キャンバスに向かってお絵かきに勤しむ跡部の傍らで、は電話をかけていた。
相手はもちろん亜久津で、この後自宅の方に顔を出すように声をかけて。
渋々ながらにも了承させると、高確率で約束を破らない相手には一つため息をついて電源を切る。
「あっくんめ〜! この仕返しは必ずしてやる!」
千石の怒りの声に、はもう一度ため息をついた。



泣いても笑ってもこれが最終ポイントである。
この羽を落とした方が負け、そして勝った方が今年のリーダーになる。
すべてはこの一球に。



コンッ
「テメェいい加減に諦めやがれ! 何でそんな上手いのにテニス部に入ってなかったんだよ!?」
カコン
「統治者としての仕事が忙しいからだ。『山吹の覇者』にならなければ入っていたさ」
カンッ
「しかも色々と黙っていやがって! 俺はオマエのそういうところが嫌いなんだよ!!」
コツッ
「これが俺だから。それが駄目なら嫌われても仕方ないね」
コトン
「ちょっとは改善するように試みろ! 仕事だって全部抱えてないで俺らに回せばいいんだよ! 一人で片付けてんじゃねぇ!」
カン
「心配ありがとう。でもそれは余計なお世話。俺は俺のやりたいようにする」
コンッ
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜勝手にしろっ!!」
カコッ
「あぁ、そうさせてもらう」
コッ



勢いのない羽が宙へと舞い上がって。
完全なるスマッシュの餌食。らしくないミスに誰もが眉を顰めて、羽を目で追う。
「もらったぁ!」
跡部がそれを目掛けて思いっきり腕を振り下ろして―――――――――。
決まる、と思ったそのとき。



「跡部、今度デートしようか」



ひゅるるるるるるるる
すかっ
・・・・・・・・・ことん



「ゲーム・! よって本年度のリーダーは『山吹の覇者・』!」



手塚の宣誓には羽子板を降ろして微笑んだ。
それはもう、艶然と勝利に満ちて。
・・・・・・・・・そして呆然としている対戦者に一言。



「『利用できるもんは利用して何が悪い?』」





気がつけば陽はもうかなり傾いていて、用意させた座敷を片付けるとすでに夕方になっていた。
「つーか! 俺はぜってぇ認めねーぞ! あの勝負はやり直しだ!」
決勝戦が終わってから噛み付いてばかりの跡部に、はいい加減疲れてきたのかおざなりの返事を返す。
「一度決められた裁定はそう簡単に覆らない。ましてやあれは立派な戦術だったと思うけど」
「あぁ!? アレのどこが―――――・・・!!」
「動揺しただろう? ならそれだけで十分だ」
あまりにもアッサリと切って捨てられ、跡部がポカンと口を開ける。
その肩を忍足が軽く叩いた。
「無理や、跡部。いい加減諦めぇ。この姫さんには一生勝てへんよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ならせめて約束は守れよ!?」
「約束?」
「今度一日俺に付き合ってもらうからな!?」
半ば必死でそう言う跡部には目を丸くし、そして微笑んだ。
穏やかにではなく、ニッコリと『山吹の覇者』の顔で。
「『俺が、いつ、そんな約束をした?』」
「――――――んだと?」
言われた言葉に跡部が眉を顰め。
「『口約束で交渉するなんで統治者のすることじゃないな? これで一つ賢くなったね、氷帝の帝王』」
先に自分で言った台詞で返されて跡部が言葉を失い、その後ろでは橘が噴出し、伊武がいい気味と呟いた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「諦めなって、跡部君。今回は分が悪いよ」
千石が笑いながら肩を叩く。がリーダーになって最高に上機嫌で。
「諦められるかっ!!」
跡部がもう一度叫んだ瞬間、リョーマが空を見上げて驚いたように呟いた。



「雪・・・・・・!」



その一言にみんなして空を見上げて。
降ってくる白い結晶。
それが羽織にかかるのをそっと手で払って、は穏やかに微笑んだ。
「今年は異常気象だしね、正月早々雪が降っても不思議じゃないよ」
「ロマンがないね〜乾君。ここは一つ『の勝利を祝うために神様が降らせてくれたのかな』くらい言わなくっちゃ」
「ちっ! バカが」
千石に跡部が吐き捨てて、けれど皆して満足そうに笑って。
は手荷物を持つと立ち上がった。
「寒くなってきたし二次会は俺の家でどう? 山吹テニス部のみんなが準備して待っててくれてるから、もしよければ」
「・・・・・・いいのか?」
手塚の確認にもしっかりと頷いて。
「たいしたものは出せないけれどね。今日はたくさんご馳走になったし、青学の皆さんもどうぞ」
少し離れたところにいた大石・菊丸・河村・桃城・海堂にも誘いをかける。
「ならばうちの赤澤に菓子を提供させましょう。彼の実家は都内で和菓子屋を営んでいますから」
観月がそう言うと裕太が嬉しそうに携帯電話を取り出してボタンを押し始める。
「では俺のところからは酒を用意しよう。丁度酒屋をやっている家があるしな」
橘の言葉には伊武が頷いて携帯電話でメールを送る。
「ちっ・・・・・・仕方ねぇ」
跡部は自ら携帯電話を取り出すとワンプッシュで電話をかけて。
「おい宍戸か? 今から食べ物もって山吹中の真近くにある高層マンションに来い。他の奴にも伝えとけよ」
何だかんだ言いながらの跡部の行動に、忍足は笑いながらへと頷いてみせた。
誰もがみんな穏やかな表情で笑い合う。
そうして締めの一言を。



「それでは皆様、本年もどうぞよろしくお願い致します」
「「「「「「よろしくお願い致します」」」」」」



新しいリーダーの挨拶によって新年が幕を開ける。
こうして統治者の戦いは末永く伝えられていくのだ。





2003年1月4日