戦いの最中、憩いの一時。
それは誰もが大人しくなる昼食タイム。



「・・・・・・君、寝ちゃってるね。お弁当どうしようか」
「あ、の分なら俺が預かっておくよー。ダイジョブ、食べたりしないから」
千石に笑顔で言われ、青学テニス部元レギュラー(引退済み)・河村隆はつられて笑いながら二人分の弁当を手渡す。
その箱には『かわむらすし』の文字。
新鮮な魚貝であしらった味・質ともに最高級のチラシ寿司である。





山吹の覇者〜新年の始まりはリーダー決め☆今年の勝負は羽根突きだ!〜





統治者だけでなくその介添人の分まで用意されたかわむらすしの弁当は、美味と絶賛されながら食されて。
味にはうるさい跡部も「まぁまぁだな」なんて言いながら綺麗に食べきった。
けれどまだ一つだけ手のつけていない弁当が。
山吹の覇者・
彼はまだ夢の中。



日除け傘の下で横になって静かに寝ている
いつもは我先にと話しに飛び込んでいくが、今はそんな彼の隣を離れない千石。
山吹の覇者を、親友を守るのは当然と彼自身ナイトを自負しているのである。
「お姫様はまだお休み中?」
静かに近づいてきた不二に、声もなく頷いてみせて。
「もうそろそろ起きる頃だと思うけどね〜。の睡眠サークルって45分だし」
「・・・・・・45分? それってちょっと短くない?」
「人の平均睡眠サークルは60分から90分のはずだけど・・・・・・は違うのか」
不二は驚いたように聞き返し、乾は露見した新事実を急いでノートに書き込んだ。
千石はそんな二人を楽しそうに見ながら静かに眠るの髪をそっと梳いて。
「んー・・・なんか長時間は眠らないんだって。色々と忙しいみたいよ?」
「忙しい?」
「そ。ダーリンはお仕事で大変だから清純、妻としては心配なの」
おどけたように笑う千石の瞳はとても優しくて、言葉ではふざけていてもそれは本心だと判った。
偶然にもその瞳を見てしまった二人はかける言葉にためらって、そして――――――。
チャッチャッチャーラーチャッチャッチャーラー♪
流れる携帯着信音にガバッとが身を起こした。
目を丸くする周囲にも気づかずに携帯電話を探し出すと4コール目で通話ボタンを押して。
「―――――俺だ。どうした?」
その声は寝起きだと悟らせる気配は微塵もなくて、思わず彼は今まで寝てはいなかったんじゃないかと思わせてしまうくらいハッキリとしていた。
「・・・・・・あぁ、その件はフロッピーにまとめて保管してある。俺の部屋のシェルフは判るな? それの右から三番目のケースだ」
しばらく沈黙が続いて。
「判ったか? じゃあそれを川田か三村に渡しておいてくれ。疑問があったらすぐに電話を入れるようにとも伝えて」
やはり沈黙。
「・・・・・・そうか順調か。悪いな、迷惑ばかりかけて。・・・・・・判ってる。俺のことなら心配するな」
穏やかに携帯に向けて微笑んで。
「あぁ、ありがとう。それじゃ」
ピッとボタンを押して電話を切った。
その顔はの顔ではなく、『山吹の覇者』のもので。
起きてから今まで一瞬たりともの素顔は出てこなくて。
千石は唖然とした表情をしている不二と乾を振り返って力なく笑った。
「―――――――ね、大変でしょ?」



用意されたお茶を飲みながらチラシ寿司を食べるはその美味しさに舌鼓を打っていた。
「今度食べに行こうかな」
そう呟いた彼に河村は嬉しそうに笑い、是非と歓迎して。
は用意された弁当を綺麗に平らげた。
デザートは弁当にあわせて用意された白玉あずきで、甘いものが嫌いなわけではないはそれも全部食べきって。
「・・・・・・、少しいいか?」
「ん」
中々に上機嫌で振り返った先には、青学の三強とそれに連れられた見慣れない小柄な少年。
手塚はその少年を前に出させて、紹介する。
「うちの一年で、越前リョーマだ。今後いろいろと迷惑をかけるだろうがよろしく頼む」
頭を下げる手塚と、その後ろで穏やかに微笑む不二と乾を見てはいち早くその言葉の意味を理解する。
「あぁ、判った」
了承の返事を聞いて、不二が促すとリョーマは一歩前に出て。
「How do you do, Mr. Champion. I’ve been waiting to meet you for a long time.」
ニッコリと笑顔で言われた言葉に、はあぁと頷いて差し出された手を握った。
「How do you do, Mr. Ryoma. Very glad to meet you.」
こちらも流暢な英語で挨拶をされて、リョーマは一瞬目を丸くし、そして楽しそうに唇を上げる。
「What a handsome man you are! May I kiss on your beautiful hands?」
聞いたは良いものの返事も待たずにリョーマはの手へと口づけを落とした。
チュッと軽い音をして触れた唇には小さく笑って。
けれどそれに驚いたのはリョーマを紹介した青学の三強である。
「・・・・・・ちょっと越前、に何してるのかな?」
「何って挨拶ですよ、不二先輩」
「ここはアメリカではなく日本だ。文化に合った挨拶をしろ」
「そんなの俺の勝手じゃないスか。それとも部長たちもさんにしたかったんだ?」
ニヤリと挑戦的に笑うリョーマにピクリと眉を動かす青学の三強のうち二人。
乾はというといまだ楽しそうに笑みを漏らしているへと近づいていて。
「悪いね、。うちの一年が」
「いいよ。来年も青学は安泰みたいだね。きっと彼は良い統治者になる」
「・・・・・・ちょっと好戦的すぎるけどね」
不二と手塚を相手にしても尚余裕あり気に笑っているリョーマを見て乾は肩を落とし、は穏やかに微笑んだ。



青学の紹介が過ぎれば次は他の学校の番。
、こいつは伊武深司。うちの二年だ」
「・・・・・・はじめまして」
ボソリと呟いた声は小さかったけれど、その目はまっすぐにを見ていて、視線を受けてはやはり穏やかに笑った。
「今日は神尾君と杏さんは連れてこなかったんだな。てっきり一緒に来るかと思っていたのに」
驚いたように目を丸くした橘に、は変わらず微笑して。
「来年の青学の統治者はまた一人になるようだし、今度は不動峰が三権分立を試みるかと思っていたんだが、違ったか?」
「・・・・・・いや、その通りだ」
の千里眼ともいえる読みに橘は苦笑して、種明かしをする。
「おまえの言うとおり来年の不動峰は統治者が三人になるだろう。俺はそれが一番良いと思う」
「橘の決めたことならいいと思うよ。よろしく、伊武君」
「・・・・・・よろしくお願いします」
深く頭を下げる伊武に橘は目を細め。
「今度、神尾と杏も連れて山吹に伺おう。あいつらにもちゃんと挨拶をさせたい」
「俺なら気を使わなくてもいいけど」
「そうもいかないだろう。の権威は引継ぎが終わっても変わらないだろうからな」
そう言って約束を取り付けると橘は次に席を譲って。
現れたのは聖ルドルフ。
午前の部での勝利がよほど嬉しいのか、晴れやかな笑顔の観月が緊張した様子の裕太を紹介する。
君、こちらが不二裕太君です。さきほども何やらお話をしていたようですが、どうです? うちの次期統治者は」
「そうだな、裕太君なら組織のことを第一に考える優しい統治者になると思うよ。聖ルドルフも来年が楽しみだな」
「そう言って頂けると僕も安心できますよ。裕太君は少し情に甘いかもしれないと思っていたんですが」
「そんなこともないと思う。冷静な判断は仕事をこなすうちに身につくさ」
「えぇ、そうですね」
観月に促されて裕太がピシッと伸びた背筋を曲げて深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「あぁ、こちらこそよろしく」
穏やかな声に広大な器量を感じて裕太は思わず息を呑んだ。
そして思う。
この人のような統治者になりたい、と。



「跡部くーん。氷帝は紹介ないの?」
聖ルドルフの紹介が終わるのを見計らって千石が声をかけると、跡部ははんっと軽く吐き捨てて。
「そんなもんないに決まってんだろうが。うちの次期統治者はまだ決まってねーんだよ」
「あれ? オオトリ君じゃなかったっけ?」
「鳳じゃ詰めが甘い。日吉だとイマイチ実力不足だしな」
「じゃあ樺地君?」
「さぁな」
のらりくらりとはぐらかして会話をしていると、跡部の隣で話を聞いていた忍足が急にキレた。
「なーにが『そんなもんない』や! 俺をあの別嬪さんに紹介してくれる言うたやんけ! 忘れたんか、このアホ跡部!」
「あぁ!? この俺様に何言ってやがんだ、忍足!」
「アホをアホ言うで何が悪い? 自分がそないやから俺までホスト扱いされるんや!」
「鏡でテメェの顔見てから言うんだな! その顔のどこがホストじゃないって?」
「自分よりかは全然マシや!」
子供のような言い合いに千石は思わず笑い出して、肩を震わせながらの腕をパシパシと叩く。
立ち上がって跡部とケンカしている忍足を指差して、楽しそうな声で。
、あれが忍足君。忍足侑士だっけ? 氷帝のテニス部員」
「・・・・・・あぁ、南と東方が言っていたダブルスの」
「そうそう。関西出身らしくて関西弁。話してみると意外と面白いよ」
そこまで言うと千石は未だ言い合いをしている忍足を手招きする。
「おーい忍足くーん! 、紹介してあげるよーん!」
「なぬっ!? ホンマか?」
「余計なことすんじゃねぇ、千石!」
跡部の怒声も何のその。怖いもの知らずな忍足はいそいそとこちらへとやって来て、千石はにこやかに紹介する。
「こちら俺たち組織『山吹』の覇者で、。山吹中三年の美人さん」
「はじめまして、忍足侑士や。侑士って呼んでくれへん?」
整った美貌をフルに活かして笑顔を向ける忍足に、何故かではなく千石が返事を返す。
「それは厚かましすぎ! が名前を呼ぶのは親友の俺だけでジューブン!」
「なんや、心狭いなぁ自分。名前くらいええやんか。何も付き合おうって言うとうわけやないんやし」
「それこそダーメ! はそんなに簡単にはやれません! あげません!」
そんなやり取りを見てまるで父と娘の婿のようだと伊武は呟き、橘も思わず頷いた。
「よろしく、忍足」
「よろしゅうな、
穏やかに笑顔を交わす二人の向こうで、跡部だけが不機嫌に顔を歪めていた。



午後の部開始まであと10分少々。
思い思いにくつろいだり、午後の対戦相手のデータをさらったりと自由に過ごしていたが、ふとした疑問が場に問いかけられた。
「そういえば・・・・・・山吹の次期統治者は誰になるんだ?」
橘のポツリとした一言にあ、とみんなが声をもらして。
その質問には変わらぬ表情で答えを返す。
「もう決まってるよ。ただ事情があって紹介するのはまだ先になるだろうけれど」
「一体誰だ? 山吹というと・・・・・・」
「二年の室町十次が有力候補だね。あとは他にもいろいろといたと思うけど」
手塚が首をかしげ、乾がノートをめくる。
はそれに楽しそうに口元を少しだけ上げて微笑して。
「さぁね。でもきっと山吹は俺の代以上に良い組織になると思うよ」
「それは難しいんじゃないですか?」
「どうだろうね」
否定を投げかける観月にも軽く笑って流し、優雅にお茶をすする。
そんなの口を割らせるのは無理と判断したのか、跡部は矛先を千石へと変えた。
「おい千石、誰だ?」
「さーてね。の考えは俺には判りません。だってが直接交渉を行ってるから俺もまだ誰だか知らないし」
「ちっ。使えねぇ」
舌打ちする跡部に「ゴメンネェ」と笑う千石。
その様子を見ながら不二は楽しそうに微笑んだ。
「きっと、また頼もしい『山吹の覇者』が来るんだろうね」
明るい台詞にも当然のように頷いて。
「あぁ。きっと素晴らしい統治者になるさ」





こうしてお昼の時間も穏やかに過ぎ去って。
午後の勝負も、もうすぐ開始。





2003年1月3日