「新年明けまして」
「「「「「「「おめでとうございます」」」」」」」
新年も明けて今日で三日。
青学のテニスコートには一つの席が設けられていた。
大き目のビニールシートの上に二重に重ねられた畳が20畳分、すでにコートを一つ占領している。
畳の上には真っ赤な絨毯が引かれ、大きな日除け傘が真上に来かけている太陽の光を遮っていた。
その手に小さなお猪口を握り正座している相手に、手塚国光は屠蘇器を持って注いで回る。
全員に行き渡ったのを確認すると、自分も酒の注がれたお猪口を手に取った。
姿勢を正して、円を描いて座っている六人を見回してよく響く声を張り上げる。
「本年も、変わらぬご厚情の程よろしくお願い致します」
「「「「「「よろしくお願い致します」」」」」」
クイッと猪口を傾けて一気に飲み干すと、七人はトンッと音を立てて床に置いた。
これで都内統治者、新年の挨拶は終了である。
山吹の覇者〜新年の始まりはリーダー決め☆今年の勝負は羽根突きだ!〜
「ではこれより本年のリーダーを決めたいと思う」
手塚の声にガラガラと音を立ててホワイトボードが現れた。
引き摺ってきたのは青学テニス部の二年レギュラー、桃城武と海堂薫で。
「ここに用意したくじで組み合わせを決める。引く順番は昨年の問題解決数の多い順に、、乾、跡部、不二、観月、橘。最後に俺が引く」
真四角の大きな箱を持ってきたのは青学テニス部の三年レギュラー(引退済み)、菊丸英二。
「ハイハイハーイ! の代わりには俺が引く!」
正座して座っていたの後ろから明るい声が名乗り出た。高々と手まで上げて。
「・・・・・・・・・千石」
「ダメ? いいじゃんそれくらい。俺のラッキーでにイイくじ引いちゃうもんね!」
「ダメに決まってんだろうが」
ピシャリと言い捨てられて千石がムッとしてそちらへと向く。
「何、跡部君。俺はの介添人なんだからくじくらい引いたっていいじゃん」
「これは統治者間の問題だ。一般人が口出して来んじゃねぇよ」
「うわ、ムカツク」
いつもと同じように高飛車な言い方をした跡部も、いつものように笑みを浮かべて悪態をつく千石も、今日はどこかピリピリとしていて。
「・・・・・・・・・跡部」
の涼やかな声が響いた。
「俺からも頼むよ。キヨに代わりに引いてもらいたい」
「自信がねぇのか? 山吹の覇者は」
軽い嘲笑に立ち上がりかけた千石を、はそっと手で押さえて。
「自信はないよ。ここにいる統治者は俺以外全員がテニス部員だし。羽根突きで俺が敵うと思うのか?」
「・・・・・・確かにね」
黙って事の成り行きを見ていた他の統治者の中で、青学の三強・不二周助が頷きを返した。
「はテニス経験者じゃないからこの勝負はちょっと不利だと思うよ。ハンデくらいいいんじゃないかな」
「そうだな。どうせトーナメントは七人で一人余るし」
「僕もそれで結構ですよ」
不動峰のキング・橘桔平と、聖ルドルフの女王・観月はじめも頷いて。
手塚が乾に視線を寄越せば同じように頷きを返される。
「・・・・・・判った。では多数決によりの代わりに千石がくじを引くことを許可する。だが、その結果がノーシードだったとしてもやり直しはなしだ」
「了解した。礼を言う」
統治者たちに軽く頭を下げて。
跡部に向けては少しだけ口元を上げて微笑した。
「ありがとう、跡部」
「・・・・・・ふん。精々千石のラッキーが出るように祈っとくんだな」
「余計な心配だな。キヨは俺に関して分を悪くするようなことはしないから」
ニッコリと統治者用の顔で跡部に微笑んで、はそれとは違う穏やかな笑みを千石に向けた。
友達である、彼に。
第一試合・・・・・・不動峰のキング・橘桔平VS氷帝の帝王・跡部景吾
第二試合・・・・・・聖ルドルフの女王・観月はじめVS青学の三強・不二周助
第三試合・・・・・・青学の三強・乾貞治VS青学の三強・手塚国光
シード・・・・・・・・・山吹の覇者・
ルール・・・・・・・・6×6m四方のコートで5本勝負。先に3本先取したほうが勝ち
ペナルティ・・・・・羽を一度落とすにつき顔に墨を一筆
介添人・・・・・・・伊武深司(不動峰)、不二裕太(聖ルドルフ)、千石清純(山吹)、忍足侑士(氷帝)、青学は介添人なし
「なぁ、介添人って一体何なん? 俺、朝っぱらから跡部に呼び出されただけで何も聞いとらんのやけど」
「あ、何でもそれぞれの統治者が戦えなくなったときに代わりに戦うみたいですよ」
「・・・・・・っていうか、あの人たちの中に入って戦いたくなんかないよね・・・・・・」
「いややわぁ、そんなん。絶対負けるやんか」
「俺も嫌です」
「俺は別にいいけどね〜楽しそうだし。それにしてもにちゃんとシード引けてよかったぁ!」
「第一試合、不動峰のキング・橘桔平VS氷帝の帝王・跡部景吾!」
審判を務めるのは青学テニス部レギュラー(引退済み)、大石秀一郎。
「始め!」
「おまえからでいいぜ」
黒一色の着物をタスキで締め上げた橘がニヤリと笑って相手へと羽を放る。
パシッと音を立てて受け取った跡部は濃灰色の着物。これも同じようにタスキで袖を押さえていて。
「ふん。後で後悔でもするんだな」
「俺がおまえに負けると思うのか? 氷帝の帝王」
「あーん? 俺様を誰だと思ってやがんだ、不動峰のキング」
互いに不敵な笑みを交し合って。
跡部は羽を高く放った。
カーン・カンッ・カンカン・カーンッ
「ふっ! まだまだ甘いな、跡部! そんなんだから氷帝は青学に負けたんじゃないのか?」
「はんっ! オマエが負けた手塚にも俺は勝ってるんだぜ? テメェこそしばらく会わないうちに体力落ちたんじゃねぇのか?」
「中学生だかホストだか判らないような外見のオマエに言われたくはないな!」
「テメェこそその中坊に見えねぇフケ顔をどうにかしろっつーんだよ!」
「オマエみたいな奴が仕切ってるから組織『氷帝』はホスト軍団だって言われてるんだろうな! まったく生徒が可哀想だ!」
「粗雑で教養もない一般人の寄せ集めの組織『不動峰』よりかは何倍もマシだぜ!」
羽子板が羽を打つ音と共に聞こえてくる罵詈雑言。
「・・・・・・・・・これ、子供のケンカ?」
伊武が立ててもらった抹茶を飲みながら半ば呆れたようにコートの二人を見ながら呟いた。
忍足はすでに見放したのか煎餅をかじりながら心外そうに顔を歪めて。
「ちゅうかマジで俺ら、ホスト軍団って言われとるん?」
「あれ? 知らないの、忍足君。組織『氷帝』って言ったらホスト系の集まりだって有名だよ? もち、その中のトップは氷帝テニス部メンバーだけどね」
「せやから俺はホストやあらへんって」
「無理無理。完璧ホストに見えてるからね〜」
ますます顔を歪める忍足に千石が楽しそうに声を上げて笑うと、隣に座って和菓子をつまんでいたが口を開いた。
「――――――そろそろ決まるな」
現在の得点は2対2。あと一点先にとった方がこの試合の勝者となる。
けれどたかが一本、されど一本。
今ここまで四本やってくるのに約30分の時間を費やしているのだ。
この最後の一本、簡単に終わるはずもない。
先程よりかは慎重な様子で羽が交わされる。
どちらも機会をうかがって。
先に仕掛けたのは氷帝の帝王だった。
「・・・・・・オマエの妹、杏とか言ったっけなぁ?」
突如出された名前に橘が眉間にシワを刻む。
跡部はそれを見て楽しそうに唇を歪めて。
「オマエに似てねぇで結構可愛いじゃねぇか。アレなら本気で狙ってみるのも面白そうだと思うんだよな」
カコンッと羽を打ち返して。
「オマエ、どう思う? 俺が狙えばあんな女一人、すぐに落とせるぜ? まぁ俺は飽きっぽいからさっさと捨てるだろうけどよ」
「・・・・・・・・・跡部」
「橘、オマエはどっちを取る? 『不動峰のキング』の称号か、大切な妹の貞操か」
心底意地悪そうに笑う跡部に、橘はきつく唇を噛み締める。
しばらくそのまま無言でラリーが続いて。
ついに橘はその腕を下ろした。
第一試合・・・・・・3対2で氷帝の帝王・跡部景吾の勝利
鼻歌でも歌いそうな様子で跡部は用意された墨を手に取った。
すでに2本分の筆は橘の顔に書かれている。
そしてそれは跡部の顔にも同じように。
「俺様の顔をこんなにしやがった礼だ。そのフケ顔をちょっとはマシにしてやるよ」
たっぷり墨をつけた筆をそっと待ち上げて。
跡部景吾、上機嫌でストレス発散タイム。
「・・・・・・・・・橘さん・・・・・・」
伊武の悲しみとも怒りとも呆れとも似つかない声が彼の統治者の名を呼んだ。
健康的な肌に塗りたくられた墨。
眉毛が通常の二倍以上の太さになって、口元には大きく太目の丸が書いてある。
これはどこをどうみても『カッコイイ』とは言えなかった。
「〜〜〜〜忍足! カメラ寄越せ! つーかさっさと撮りやがれ!」
爆笑しながら命令を下す跡部に、忍足はため息をつきながらもインスタントカメラのシャッターを切って。
「堪忍なぁ。俺も組織『氷帝』の人間やさかい、跡部には逆らえへんのや」
「・・・・・・・・・いや、気にするな。それより跡部」
「あーん?」
ニヤニヤと笑う跡部をきつい目で橘が見上げる。
「約束どおり、今後うちの妹には近づかないでもらおうか」
真剣な表情に跡部は一瞬目を見張り、そして口元を歪める。
「誰がいつテメェとそんな約束をした?」
「―――――なんだと?」
「だから俺が、いつ、そんな約束をした?」
挑発的に笑う相手に橘は思わず立ち上がって跡部の濃灰色の着物の襟首を掴んだ。
至近距離で交わされる視線は、まさに一触即発というもので。
忍足はいち早くその場を離れ、伊武は援護でもするように跡部の後ろへと立つ。
「口約束で交渉するなんて統治者のすることじゃないぜ? これで一つ賢くなったなぁ、不動峰のキング」
「貴様・・・・・・っ!」
ギリッと拳が握り締められて、跡部へと向かって風を切る。
跡部は笑みをたたえたままそれを止めようと手を伸ばして――――――――。
「そこまでだ」
凛とした声に二人の動きが止められた。
重ねられた畳の上から届いた静止の言葉は、何者をも動けなくさせる力を持っていて。
姿勢よく正座したまま、まっすぐに視線だけをこちらに向けて。
は涼やかな声で言葉を続ける。
「おまえたちは何をしにここに来ているのか判っていないみたいだな。それ以上揉めるようなら二人とも失格にする」
「・・・・・・・・・っ」
「だが・・・っ!」
跡部が顔を歪め、橘は納得がいかないように反論する。
けれどはそれを片手で止めた。
「今のは跡部が悪い。女生徒を盾にした脅迫行為だし、この場はよいとしても今後彼女に何かするのであればそのときは俺が制裁を加える」
「「・・・・・・・・・」」
「何か異論は?」
安堵の表情を浮かべる橘とは反対に跡部は渋面を作り、けれど反論はしなかった。
パンッという手拍子の音が響いて。
「次、第二試合! 観月、不二、用意しろ!」
手塚の号令に二人が立ち上がる。
パッと合った視線の間で派手な火花を散らしながら。
それぞれ羽子板を手にコートへと入る。
「・・・・・・あそこで二人を止めるのは本来なら今年のリーダーである手塚の役目だろ?」
「そう言うな、。跡部を黙らせるのはオマエが一番得意だからな」
アッサリと言い切る手塚には軽くため息をついて。
「それで俺はますます跡部に嫌われるわけだ」
「その心配は無用だと思うよ。跡部は何だかんだ言ってのことが気に入ってるみたいだしね」
「おまえ自身も口で言うほどにそう思ってるわけではないだろう?」
一緒に座っていた乾と軽く笑いながら言う手塚に、も口元だけで微笑して。
「さぁね?」
「第二試合、聖ルドルフの女王・観月はじめVS青学の三強・不二周助!」
審判を務めるのは先程と変わらず大石で。
しかし彼は逃げたかった。この暗黒の渦巻いているコートから。
「は、始め!」
「ふふふふふふ。逃げたいのなら逃げて下さっても結構ですよ? 不二君」
こげ茶色の着物を揺らせて観月が笑う。
対する不二も真っ白な着物に身をまとい、クスリと笑って。
「何を言ってるのかな。また無様にやられるのは君の方だよ。また、ね」
不二の挑発めいた微笑に観月はピクリと眉を動かし、けれど笑みを崩さない。
「以前と同じ結果になると思ったら大間違いですよ。僕はあのとき以来さらにデータを磨き、貴方の対策を練ってきましたから」
「そう、それは楽しみだね」
お互いに毒素120%の笑みで勝負が始まった。
先手は不二周助、サービスプレイ。
カンッ・カン・カコン・カン
「・・・・・・・・・何だか普通の戦いっスね」
単調な羽のやり取りに飽きてきたのか、青学テニス部の一年レギュラー・越前リョーマはあくびを噛み殺した。
「そうだな。二人の雰囲気からもっと険悪なものになるかと予想していたけど、案外落ち着いてるね」
乾が何かしらをノートに書き込みながらコメントする。
「どちらもまだ相手を探り合っているんだろう。どちらが先に仕掛けるかだな」
手塚の言葉にリョーマはふーんと興味なさそうに頷いて、海老煎餅を一枚つまんだ。
「そんなことより、あの人綺麗な人っスね」
「・・・・・・山吹の覇者のことかい?」
「そうっス。さんっていう人」
目線を動かした先では千石と一緒に餅を食べているの姿。
きちんと着こなした着物にシルバーフレームの眼鏡がワンポイントとなっている。
「・・・・・・には後でちゃんと紹介する。それまでは大人しくしていろ」
「はーい」
手塚に良い子な返事を返してリョーマが楽しそうに笑う。
勝負がそろそろ動こうとしていた。
「不二君。このお正月には裕太君も実家に帰ったんですね」
カコンッと音を立てて羽を打ち返す観月の顔にはすでに墨が一筆。
「当然じゃない? 僕と裕太は家族なんだから」
そう返事を返す不二の顔にも墨が一筆。
どちらも端正な美貌が台無しである。
「そうですね。貴方と裕太君は兄弟ですから」
「・・・・・・・・・何が言いたいの?」
「いえ、特に何も?」
だんだんと不二の顔が真剣なものへと変わって、観月はそれを見ながら楽しそうに笑う。
話題になっている裕太本人は、今にも泣きそうな顔だ。
「ユータ君、ユータ君、こっちおいで」
千石が真っ青な顔になりつつある裕太を手招きする。
「あの二人のところにいたら巻き込まれるに決まってるし。の傍なら平気だよん」
「で、でも・・・・・・」
「ならオッケーだから生きてるうちにおいで」
そう言われてチラッとを伺えば、穏やかな微笑を返されて。
裕太は安心したように立ち上がりポテポテと歩いていく。
示されての隣に腰を下ろすと、そこはまるで陽だまりのように穏やかで。
安心して肩の力を抜けた。
そしてまた眼前の戦いに視線を戻す。
「・・・・・・裕太君がルドルフに来たのはもう一年以上前のことなんですね」
「・・・・・・・・・」
観月が揚々と語りだす。不二は依然として沈黙を守ったまま。
「あの頃、僕は『聖ルドルフの女王』の称号を継いだばかりで色々と大変でしたよ。ですがルドルフに来たばかりの裕太君を一人にしておくことは出来ませんでしたし」
「・・・・・・・・・」
「裕太君、五日にこちらへと帰ってくる予定でしたっけ」
「・・・・・・・・・」
「そのときに、彼の居場所があるといいですけれどねぇ?」
カコンッと一際強く羽を打ち付ける音が響いて。
「・・・・・・気にしなくてもいい」
半泣きどころかほとんど泣きかけていた裕太はその穏やかな声にグスンと鼻をすすった。
声にならない声でに問いかける。
「あぁは言っても観月に君をどうこうする気はないだろう。ただ不二に対する切り札として君を引き合いに出しただけだと思うよ」
「・・・・・・・そ、ですか・・・?」
「そうだよ。約束する」
穏やかな声と笑顔で諭されて、裕太は少し安心したように息をついた。
「それにもしルドルフにいられなくなったら山吹に来ればいいし! うちのテニス部も強いからオッケーでしょ」
千石が笑いながら裕太にお茶を勧める。
「・・・ありがとう、ございます。・・・・・・・・・でも俺は、ルドルフが好きなんで・・・」
「振られたな」
が楽しそうに笑うと、裕太も少しだけ微笑んで渡されたお茶を一口飲む。
「じゃあやっぱり観月君の応援しなきゃじゃん。これは都内統治者の勝負であって、兄弟とは言っても学校生活では関係ないんだからさ」
「・・・・・・そう、ですね」
「君の好きなようにすればいい。観月も不二も君の意思を尊重するだろうから」
千石とにもそう言われ、裕太は一つ頷いて立ち上がった。
2対2のまま膠着状態が続いているコートに向かって、大声を張り上げて。
「観月さ―――ん! 頑張ってくださ――――――い!」
この瞬間、勝負は決まった。
第二試合・・・・・・3対2で聖ルドルフの女王・観月はじめの勝利。
「・・・裕太・・・・・・」
「何だよ、兄貴。俺は組織『聖ルドルフ』の人間なんだから観月さんの応援をするのは当然だろ?」
「そうですよね、裕太君。君はまさに聖ルドルフの生徒の鑑ですよ」
悲しそうに泣く寸前の不二に、平然とした様子の裕太、そして墨をすりながら満面の笑みを浮かべる観月。
「さぁ、不二君。その顔を差し出しなさい」
「思いっきりやっちゃって下さい、観月さん」
「そうですね、では裕太君も一筆」
えらく楽しそうな二人にさすがの不二も顔を引きつらせて。
聖ルドルフ二名、お絵かきタイム。
「・・・・・・・・・不二裕太君も何だかんだ言って不二のことをいじめたかったようだね」
ノートを取り出して乾が興味深そうに何かを書き付ける。
「日頃の行いが悪いんじゃないっスか?」
「・・・・・・ハッキリ言うね」
「だってそれ以外にないじゃないスか」
ギャハハハハという不二に対する大爆笑をバックにリョーマは煎餅を齧るのであった。
「、出番がなくて暇でしょ」
千石がいそいそとお茶を継ぎ足しながらに話を振る。
まるで妻のようだと呟いたのは伊武で、それを唯一聞いた橘は隣で笑いを堪えていた。
「いや、見てるだけで楽しいし」
「そう? あぁでも橘君や観月君のバカ笑いを見れる機会ってあんまりないしねぇ」
「あぁ。それに少し眠いから出番が遅いのはかえって好都合だ。昼休みにでも仮眠しようかと思ってる」
「眠いの!? また何か問題でもあった?」
の言葉に驚いた千石が声を荒げる。
けれどは小さく頭を振って。
「たいしたことじゃない。高等部のほうでちょっと問題があったらしくて」
「高等部ってうちの?」
「あぁ。来年の引継ぎのことで揉めているらしい。現・覇者が俺にその称号を譲ってくれると言ってるんだが、当然のごとく反対者もいるしな」
「反対するのなんてどうせ外部から来た人ばっかでしょ? そんなの実際にに会えば皆黙るって」
「・・・・・・まぁ、まだ先のことだ。今から考えることもない」
「だね。うちはうちで引継ぎもやらなきゃいけないし?」
笑顔で言う千石の言葉にもニッコリと微笑み返して。
そろそろ第三試合の始まりである。
「第三試合、青学の三強・乾貞治VS青学の三強・手塚国光!」
大石は先ほどの第二試合で胃を痛めたため前線から避難。
現在審判を務めるのは同校テニス部の菊丸英二である。そしてどこか楽しそうに宣言を。
「始め!」
その二人は開始宣言がされてもしばらく動くことはなかった。
思わず菊丸が自分は始めと言った夢を見ているのではないかと思ってしまったくらい。
けれど、確かに勝負は始まっていたのだ。
「・・・・・・手塚。この勝負は小細工なしの純粋な羽根突きをしないかい?」
「・・・・・・いいだろう」
渋めの紅い着物を着た乾が提案すると、濃藍色の着物をまとっている手塚も頷いた。
そうしてようやく羽が宙へと舞って。
試合が開始される。
カーン・カコッ・コツ・カン・バコッ
単調な板の打ち付ける音が子守唄のように聞こえてきて、は思わず目を擦った。
そんな様子を見て千石が柔らかく笑う。
「、眠いなら寝ちゃっていいよ?」
「いや・・・・・・それは乾と手塚に失礼だし」
「じゃあどうしても眠りそうだったら言って。枕になってあげる」
千石の言葉には小さく頷いて。
まるで親子のようだと呟いたのはやっぱり伊武で、隣にいた橘も今度はさすがに吹き出した。
降りてくる瞼に抵抗しながらコートを見ていると、意外と勝負は早くついた。
手塚が乾を負かしたのである。
スコアは3対1。先に三本先取した手塚の勝利だった。
「どうしたの、乾。ずいぶん諦めるのが早かったんじゃない?」
不二の問いかけに乾は額に浮かんだ汗をタオルで拭って。
「いや、先の展開を考えて手塚に勝ちを譲ったんだよ」
「先の展開っていうと・・・・・・?」
「そう。のデータはもちろん取っているけれど、『山吹の覇者』としての彼の戦いがどんなものか俺は知らないんだ。その点、手塚なら去年もリーダー決めで戦っているだろうから俺よりも勝算があると思ってね」
「なるほど」
納得したように不二が頷いて、二人して手塚へと向き直る。
「これで青学は手塚だけになっちゃったんだから、しっかりやってよね」
「『山吹の覇者』のデータを取れるよう、期待してるよ」
激励なのかそうでないのか判りづらい言葉を受けて、手塚はとりあえず頷いた。
一回戦勝者・・・・・・『氷帝の帝王』・跡部景吾、『聖ルドルフの女王』・観月はじめ、『青学の三強』・手塚国光
この三人に『山吹の覇者』・を加えた四人で午後の試合が行われる。
その前にちょっと昼休み。
配られる弁当にも気づかずに、は千石の隣で横になって静かに寝ていたけれども、とりあえず。
午前の部、終了。
2003年1月3日