26:「今更遅いんだよ」
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
・・・・・・言ってしまった。
ロイ・マスタングの一日は、彼の優秀な部下によってスケジュールを確認されることから始まる。
「本日は午前10時に少将と会談。昼食を挟み、午後は1時30分に司令部を出て、午後1時50分の電車でサウスシティからいらっしゃるジュール将軍の出迎え。そのまま何箇所かイーストシティ支局を案内した後で将軍を司令部までお送りし、その足で先日起こった少女誘拐事件の現場検証。夕飯はコンビニの100円パンかBSEで心配な牛丼で済ませて下さい。その後は司令部に戻り、今日までに貯めた書類をすべて片付けて頂きます。明日の朝までかかるでしょうから、差し入れはアームストロング少佐かヒューズ中佐のどちらが宜しいですか?」
チラリと、ホークアイはスケジュールから目を移して上司を見やる。
そして彼女はそのまま無視したかった。けれどそれでは今日の仕事は一切片付かないのだろう。
この人には少しでも多く上司に媚を売って上に上がっていって貰わないと困るのだ。
そのために自分は彼の下についているのだから。
「・・・・・・大佐」
結果的には自分の為、自らにそう言い聞かせながらホークアイは聞いた。
「エドワード君と何かあったんですか?」
スケジュールをどう改竄しても反応しなかった相手が、今の一言にピクリと肩を震わすのを見て溜息を漏らす。
彼女の目の前では、上司であるはずのロイ・マスタングが真っ暗な闇を背負って机に突っ伏していた。
好きだという気持ちはずっと前からあった。
でも、言わなかった。
言えば彼は困ることが判っていたから、言わなかった。
―――――なのに。
「・・・・・・つまるところ要約すれば、エドワード君の魅力に己を抑えきることが出来ずポロッと告白してしまった、と」
「そ、そそそそそそそそそそんなにサラッと言わないでくれ!」
「ネチネチ言ったところで内容は変わりません」
あまりにもキッパリとした部下の言葉に、ロイは先程よりも暗くなって机に沈んだ。
散らばる黒髪の間から流れてくるのは涙だろうか。それすらも無視してホークアイは続ける。
「エドワード君の返事は・・・・・・聞くまでもありませんね」
「なっ! せ、せせせめて聞いてくれてもいいじゃないか!」
「どうせ言うだけ言って逃げてきたのでしょう? 今時の子供だってもっとマシな告白をしますよ、大佐」
「――――――!!」
ロイ・マスタングの見事な撃沈である。
自ら上司を再起不能に陥らせおきながら、ホークアイは溜息をついた。
「大体、エドワード君が困るから言わないって仰っていたでしょう?」
「・・・・・・・・・めそめそ」
「それなのに抑えきれなかっただなんて、精神力が足りないのでは?」
「・・・・・・・・・めそめそめそ」
「今後気まずくなって顔も合わせることが出来なくなるくらいならこのままでいい、という言葉はどこに行ったんですか?」
「・・・・・・・・・」
「第一、恋愛は自由ですが仕事に支障を来たさないで下さいと始めに言った筈ですが」
「・・・・・・・・・め」
「メソメソ言わない!!」
「はいぃっ!」
もはやどちらが上司だか判らない会話である。
ホークアイは一喝して満足したのか穏やかに肩を下ろし、逆に叱られたロイは情けなく伸ばした背筋を曲げて再び机へと雪崩れ込む。
怒られたため言葉にはしないけれど、めそめそという擬音が聞こえてきそうな上司を、ホークアイは呆れ果てて見つめる。
恋をすると人は誰しもこんなになるのだろうか、などと思いながら。
「エドワード君に、今日は会っていないんですか?」
「・・・・・・会えるわけがないだろう」
返される言葉は、いつもの彼からは想像も出来ないほど自信無さ気で小さい。
「出来るだけ早く会っておかないと、間を置けば置くだけ会い辛くなりますよ」
「・・・・・・・・・」
「まったく、いつもの自意識過剰な大佐はどこに行かれたんですか?」
「自意識過剰って、君・・・・・・」
「―――好きだから」
よく通るホークアイの声が、やけに澄んで響く。
「エドワード君のことが本気で好きだから、そう言ったのでしょう? ・・・・・・今更遅いんですよ、大佐」
好きだから。
本当に好きだから。
心の奥底から想っているから。
だから、止められなかった。
想い溢れてしまうくらいに、君のことを愛している。
ガタン、と音を立ててロイは立ち上がった。
「――――――中尉」
「はい」
「すまないが私は少し出てくる。少将には後日改めてお話を伺うと言っておいてくれ」
「一応スケジュールは聞いていらしたんですね」
「頭の隅でね」
苦笑する顔はいつもと同じ・・・・・・いつもより少しだけ甘いもので、ハッキリ振り切れたことが判る。
ホークアイはバインダーを片手に頷いた。
「しかし大佐、ご存知ですか?」
何をだ、とコートを着ながら振り返る上司に、いっそ感動するくらい冷静な顔で彼女は言う。
「エドワード君たちは、今日朝一の電車ですでにイーストシティを出ていますよ」
「――――――・・・・・・・・・な」
凍りついたどころか、一切の活動を停止してしまったロイを見て、ホークアイは楽しそうに口元を緩めた。
せっかく覚悟を決めたというのに、想い人はすでに汽車に乗って遠くの地へ。
次に会えるのは果たして何時になってしまうことやら。
再び崩れ落ちたロイにクスリと小さな笑みが落ちてきて。
「だから申し上げたでしょう? 『今更遅い』、と」
綺麗な部下の微笑にロイは完全に燃え尽きた。
聞こえてくるのは楽しげな笑い声のみ。
せっかく愛しいあの子と向き合う決心が出来たというのに。
「・・・・・・鋼の・・・・・・っ」
無いても喚いても想いは届かず。
瞬間の判断が命運を左右するのだと、ロイは身をもって知ったのだった。
2004年1月19日