23:「そりゃこっちのセリフだ」
イーストシティにやってきたエルリック兄弟のうち、東方司令部に顔を出したのは鎧姿の弟だけだった。
豆はどうした、という言葉に、表情には出ずともとても困ったような雰囲気で彼は目を伏せる。
「兄さんは、旅の途中でちょっと怪我をしたので・・・」
だから今日は宿に置いてきました、と言って苦笑する。
鎧の表面に出ることはなくても、心配している様子だけは手に取るように周囲に伝わった。
励ましの言葉やからかいがかけられる中で、唯一ひとりの男が眉を顰める。
闇のように漆黒の瞳が細く鋭さを増した。
「いい様だな」
部屋に入ってきたなりそう言ったロイに、エドワードは顔を歪めた。
青い軍服が明かりに灯されていつもより色鮮やかに見える。
冷ややかな声で、ロイはもう一度繰り返した。
「いい様だな」
「・・・・・・何なんだよ。入ってくるなり」
「無様な姿を晒している。まるで子供のようだと言っているんだ」
「アンタ」
見上げる瞳が睨みつける眼に変わる。
その変化を受け止めて、やはりロイは薄く笑ったまま続ける。
明らかな侮蔑の感情を悟って、エドワードはさらに顔を歪めた。
生身の左腕と、今は何も纏っていない上半身の脇腹に貼られたガーゼ。
薄っすらと浮かんでいる赤にロイは内心で吐き捨てる。
「暴動に巻き込まれて怪我など、君は力の無いただの子供か?」
「・・・・・・暴動が起きたのは軍の統治が行き届いてないってことだろ。アンタにも責任が」
「守ってもらいたいのならそう言え」
彼の力とは正反対の、凍った刃がエドワードに突き刺さる。
「私の手駒にそんなモノはいらない」
お荷物にしかならない子供など、と言って、ロイは目元だけで笑みを深めた。
欲しいのは自分に得をもたらすモノだけ。
それ以外はいらない。邪魔するモノなんて欲しくない。
使えるだけ使って切り捨てる。
力の無い子供なんてその筆頭。
欲しいのは強い金色の眼と鮮やかに顕示される力。
それ以外のモノなんて、必要ない。
ガシャン、と。
小さな身体には不釣合いな音を立ててエドワードがベッドから立ち上がる。
鋼の腕と足がいつになく重そうに見えて、けれどそれらをかき消すような焔が彼の目には宿っていた。
微かな戸惑いが焼けつくような怒りに取って代わられる。
浮かべられた微笑は子供のものではない。
それは確かに、ロイと同種のものだった。
「必要ない心配をさせたみたいで悪かったな」
じわりと、脇腹のガーゼが赤を濃くする。
「何、手駒の数を数えるのは造作も無いことさ」
「そして切り捨てることもな。安心しろよ。俺はまだアンタにとって使い道のある駒だ」
「それは良かった」
今度は満面の、年齢よりも幼く見える笑顔をロイは浮かべる。
部屋の入り口に立ったまま動かなかった足を造作もなく進めて、エドワードの剥き出しの肩を軽く叩いた。
「誤解のないように言っておくが、私は君のことが可愛くないわけではないのだよ。ただ君は後先考えずに無茶をするからね。こちらとしては心配せざるを得ない」
「・・・・・・アンタが心配なのは俺じゃなくて手駒だろ」
「どちらにせよ同じことだろう?」
簡単に言い切るロイに怒りを感じないと言えば嘘になる。
だけど、それを自ら選んだ。
唇を一度だけきつく噛み締めて、エドワードは顔を上げる。
「アンタ、最低だな」
それこそまるで子供が喚く文句のようで、ロイはつい苦笑してしまう。
「誉め言葉として受け取っておくよ」
「俺が元の身体に戻ったら、そのときはアンタの横っ面を殴ってやるよ」
「・・・・・・それはこっちのセリフだ」
呟かれた言葉に怪訝そうな顔をするエドワードを見やって、ロイはその耳元に唇を近づける。
太陽のように輝く金糸を頬にそっと触れさせながら。
甘く、囁く。
「私がどんなに君のことを想ってているのか、君は少しも知らないようだからね」
君の無事だけを案じることの出来ない悔しさに唇を噛む。
こんな日々が、少しでも早く終ることを祈って。
2004年1月26日