21:「不毛だと思わない?」
触れたくないなどとは、言わない。
この欲望は渇くことを知らずに増えつづけるし、もはやそれを止めようとも思わない。
好きになれるだけ、好きになればいいのだ。
――――――どうせ応えてはもらえないのだから。
切ない恋をするとは思わなかったし、今でもしているとは思わない。
ただ、好きな相手に好きになってもらえないだけの話。
そんなものは世界中に溢れているだろう?
だから、切なくなんてない。
「大佐ー」
名前を呼ばれる。それだけのことがこんなにも嬉しい。
「何だい? 鋼の」
振りかえれば笑顔が見れる。それだけのことがこんなにも愛しい。
金色に揺れる三つ編み、同色の強い瞳。
言えば怒るだろうけれど、少し痛くなる首の角度も。
彼に繋がるものならば、みんな恋しい。
世界がこんなに美しいものだなんて知らなかった。
色鮮やかな世界。
その中心に、君がいる。
「第三資料室に入るには大佐の許可がいるって聞いてさ。もらえないかな」
見上げてくる瞳に逆らうことなんて出来ない。もとよりするつもりもない。
この身体は君のものだ。君は知らないだろうけど、好きに使われることを随分と前に決めたのだから。
「判った。許可証は執務室にあるから取りにおいで」
言えば赤いコートの裾を翻して早足で近づいてくる。
隣を歩ける幸せ。本当なら一生共に歩いて行きたいと祈る。
どうしてもっと早く出会えなかったのだろう。
願うなら、君が生まれたその瞬間に。
出会えれば良かった。世界を映すその瞳が、一番最初に自分を映してくれたなら良かったのに。
「大佐、まだ仕事なのか? 中尉も少尉ももう帰ったんだろ?」
まだ声変わりを終えていない、少し高めの声。
大人の低いものへと変化していく様を、ずっと近くで聴いていきたい。
「それは私の台詞だよ、鋼の。軍は24時間体制とはいえ、一体何時まで資料室に篭もっている気かい?」
「めぼしい文献を全部読み終わるまで」
「ならば今日中には終わらないな。もう宿に戻って寝なさい――――――と言っても、君は聞かないだろうが」
「判ってるじゃん、大佐」
楽しそうに笑う顔が眩しい。
君は知らないだろう。その笑顔にどれだけ励まされてきたのかを。
「ならばせめて夕食くらいはちゃんと摂りなさい」
「大佐はもう食べたんだ?」
「いや、私もまだだ。一緒にどうかね?」
これだけの誘いにどれだけの勇気と緊張を要するか。
君が答えるまでの少しの時間がどんなに不安を掻き立てるか。
「俺、天一の五目タンメンがいい」
明るい表情で笑うエドワード。
・・・・・・君は知らないだろう?
私がどんなに君を想っているかを。
エドワードと食事を終えて執務室に戻る。
今日はこのまま溜まっていた仕事をすべて終えてしまおう。
優秀な副官は、明日出勤してきたら驚くかもしれない。
でも今は、気分が良い。
エドワードの笑顔を見ることが出来たから。しかも、自分だけに向けてくれた笑顔を。
心の中に大切にしまって。大事に誰にも見せないように。
鍵をかけて、しまって。
「不毛だと思わないのか?」
いつしか親友にそう尋ねられた。
ひどく困惑したような、躊躇うような顔で。
彼がどうしてそう聞いたのか、今でも理由は解らない。
だって自分はこんなにも幸せなのに。
触れたくないなどとは、言わない。
この欲望は渇くことを知らずに増えつづけるし、もはやそれを止めようとも思わない。
好きになれるだけ、好きになればいいのだ。
――――――どうせこの想いが、君へと伝わることはないのだから。
2004年1月5日