16:「二度目は無いよ、覚えとけ」





給湯室から出てきたところで、ハボックは数メートル先にいる人物を見て「おや」と思った。
真っ白のコートに小さい頭。黒い艶やかな髪が無造作に結ばれている。
手元の時計で確認してみれば、時刻はもうすぐ三時になろうかというところ。
なるほど、と思いながら声をかける。
「よぉ、姫さん。今日も中尉に差し入れか?」
ピタッと小柄な体が止まり、不機嫌そうな面持ちでが振り返る。
案の定、その両手は白い箱と小さな紙袋を抱えていた。
「姫さんって言うな。俺の機械鎧の蹴りを食らいたい?」
「そりゃ御免だな。片方持とうか?」
「いいよ、女じゃない」
大股に近づいて隣に並べば、は先程と同じように歩き出す。
目指す先は二人とも一緒。ハボックにとっては自分が仕事をこなす執務室。
にとっては大切な想い人のいる仕事部屋。
まるで美少女のような横顔が隠しきれない嬉しさに溢れていて、ハボックは煙草を咥えながら小さく笑みを漏らした。
「姫さんは本当に中尉が好きだな」
「好きだよ。だからアンタは好きじゃない。つーか姫さん止めろ」
「うわヒデェ。俺も大佐と同じなのか・・・・・・」
「リザさんの近くにいる男は全員嫌いだ」
恋する者としてはかなり正直な言葉に、ハボックとしては苦笑せざるを得ない。
「仕事なんだから許してくれって」
「殺さない時点で十分譲歩してるだろ」
「そういう基準かよ・・・・・・」
国家錬金術師の中でも任務達成率―――特に戦場での―――が非常に高い『万物の錬金術師』ならば、確かに一軍人である自分など一瞬で消すことが可能だろう。
だけどそれをしないのは、自身が言う「譲歩」と、おそらく言葉ほどには嫌われていないということの表れであって。
ハボックは手を伸ばしてケーキの箱を取って持ち、楽しそうに笑った。
「本当に姫さんは可愛いなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・判っててやったとしても、今自分がリザさんに捧げるケーキを持っていることに死ぬほど感謝するんだな」
「別にいいだろ? が姫さんみたいなのも、可愛いのも本当なんだからよ」
「ふざけんな。俺に『可愛い』って言っていいのは百歩譲ってリザさんだけだ」
「へぇ?」
ニヤリと片口を上げたハボックに、は睨むように彼を見上げながらも眉根を寄せる。
何だか嫌な予感がする、と身構えようとした瞬間に、ポンッと落とされた言葉。



「セントラルの、マリア・ロス少尉」



ぴくっ



小さな反応を見せて、の足が止まった。
恐らく紅茶や皿を入れているらしい紙袋も一緒に止まる。
己の思惑が的中したことに笑いながら、ハボックは数歩先でわざとらしくゆっくりと振り向いた。
――――――が。



「・・・・・・・・・マジで?」



可愛らしい顔を真っ赤に染めて、悔しそうにこちらを睨んでくる。
そんなはとても愛らしい。性別に関係なく愛でたくなるくらいに庇護欲をそそる。
もやもやと浮かんでくる気持ちをどうにか抑え付けて、ハボックはケーキを持っていない方の手でガシガシと頭を掻いた。
どうにもこうにも、何だかひどく悪いことをしてしまった気持ちになって仕方がない。
「・・・・すまん。俺が悪かった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に」
「今度中尉の写真やっから、それで許してくれ」
「生身のリザさんじゃなきゃいらない」
そりゃ無理だ、と言おうとしてハボックは止めた。
いまだ立ち止まっている、俯いたままのに静かに近づく。
いつも限られた小数の人にしか無条件に近寄ることを許さない子供が、今はどこか無防備に見えて。
こういうところがあるから、放っておけないのだろう。
優しく、したくなる。
頭の上に手を載せれば、まだ自分の肩ほどにも届かない小さな身体ということを思い知る。
「二度目は無いよ、覚えとけ」
告げられた言葉に、大人しく頷いた。



「姫さんが年上好みって噂は本当だったんだな」
「うっさい。姫って言うな。大体何だよ、その噂」
「いや、この前セントラルに行ったときにブロッシュ軍曹に偶然聞いて」
「あのお喋り男が」
「で? ロス少尉と何があったんだ?」
「――――――誰が言うか」
「中尉ー」
「黙れアホ少尉!」

ケーキの箱を崩さないように、紅茶や皿を落とさないように。
それでもどつきあいながら入ってきた二人に、執務室にいた面々は不思議そうに首を傾げた。
美少女めいた顔を歪めてが不貞腐れる。
そんな様子が可愛いともう一度思いながら、ハボックはの頭を撫でるのだった。





2004年1月3日