12:「形勢逆転だな」





南部の国境戦線に、ロイ・マスタングは一時的に配置されることになった。
敵国の特務部隊が、錬金術師で編成されていたためである。
錬金術師には錬金術師。そういった上層部の考えで、ロイは東部から一週間という期限付きの元に召集された。
「・・・・・・また人間兵器として働け・・・か」
自嘲気味な笑みは自分に対してのもの。冷ややかな睥睨は誰に対してのものか。
「まぁ、鋼のが呼ばれなかっただけ良いだろう」
己が後見人になっている小さな子供を思い出し、彼がこの地獄を体験しなくて済むのならそれだけで十分、と自身を納得させる。
砂と火薬交じりの空気を、思わず懐かしいな、と思ってしまったとき、後ろから声がかけられた。
「エドは呼ばせないよ。あいつは俺の良心の一つだし」
聞き覚えのある声にハッとして振り向くと、そこには少年が立っていた。
つい一瞬前に思い出したエドワードと同じ、小さな少年。まだ声変わりも終えていない幼さを、青い軍服で包んで。
癖の強い黒髪を無造作に縛り、白い肌を薄汚れさせ、その身体に見合わない大きな機関銃を手に。
少年は無垢に笑い、立っていた。
「久しぶり、大佐。当然だと思うけどリザさんは連れてきてないだろうな?」
「・・・・・・
「あの人は俺の、最後の砦だから」
こんな姿を見られたくないんだ、と言っては肩を竦める。
黒く変色した赤い液体を、愛らしい顔にこびり付かせたまま。



軍服はすでにボロボロにくたびれ、裾には銃弾で空いたと思われる穴が、肩や腕には切りつけられたような跡が走っている。
すれ違う兵士たちからかけられる気さくな言葉や、野営地に慣れている様子に、ロイはすぐに分かってしまった。
が随分と前から、この戦線にいるということに。
「ここのところ姿を見せないと思っていれば・・・・・・」
漏れる溜息は、ロイ自身やるせないものだった。
しかしそんな相手をどこ吹く風。は機関銃の弾丸をチェックし、足りなくなった分を滑らかな手つきで補充していく。
「今回もまた、『情報』のためかね?」
「や、今回は普通の召集。エドを呼ぶとか言ってたから、ちょっと交渉して俺だけにしてもらった」
「その結果が、これか」
よれた軍服をわざとらしく指差してやれば、は少女めいた顔で笑う。
それは愛らしいだけでなく、擦れていて、純粋じゃなく、地獄を見慣れた者の笑顔。
「俺、かなり有能なんだってさ。この前も一個師団潰したし、これで合計二桁突入。あんたの階級を超える日も遠くなさそうだよ」
「君はあくまで国家錬金術師であり、職業軍人ではないだろう」
「だけど経歴にはなる。いずれ正式に軍に入るとしたら、佐官どころか将校かも? 俺とあんた、形勢逆転だな」
「それは困るな」
言葉ほどの意味などなく苦笑していると、天幕の外に誰かが立った。
影だけで分かる敬礼の後、兵士がそのまま召集を告げる。
隊長、ならびに焔の錬金術師殿! 作戦会議を行うため、中央天幕までお越し下さいとのことです!」
その台詞に違和感を覚えて振り向けば、は銃を腰に収めながら返事を返す。
「はーい。すぐ行きまーす」
、君はまさか」
「ほらほら行くぞ、焔の錬金術師殿」
応えのように、二つ名で呼ぶ。
自分がそう呼ばれ、がそう呼ばれなかった理由。しかも付け加えられていた『隊長』という敬称。
その意味するところを知り、ロイは全身が粟立つのを感じた。
立ち上がり、の腕を思い切り掴む。指が手首を回りきってしまうような、細い腕を。
掴んで、まるで批難するように叱責する。
「錬金術師ではなく一兵扱いだと!? なんて馬鹿なことを―――・・・・・・っ!」
「だって俺、戦場なら錬金術より銃やナイフの方が好きだし」
その方が人の死を感じられるし? と付け加えて、は笑った。

「それに必死で戦ってる方が、リザさんのことも忘れられるし、生きてるって実感できる」

お偉方が待ってるから早く行こう。そう言って天幕を出て行く後ろ姿に、ロイは何も言うことが出来なかった。
何を言えばいいのか分からない。
空になった手だけが、不恰好に宙で浮いた。





2005年8月4日