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11:「アンタ、質悪いね」
初めて紹介されたのは、子供が国家資格を取ってしばらく経った頃だった。
たまたま東部へ出張に来た際、これもやはりたまたま滞在していた子供がいて。
司令部で引き合わされたとき、やけに小さい子供だと思ったのを覚えている。
よぉ、と挨拶した自分に、ペコリと頭を下げて。
次いで子供は眉間に皺を寄せながら紹介した人物を見上げて言った。
『・・・大佐・・・・・・友達なんかいたんだ・・・』
本気で驚いている言葉に思わず爆笑してしまって。
言われた本人はポカンと口を開けた後で、溜息をつき頭を押さえた。
『鋼の・・・・・・君は私を何だと思ってるんだ・・・』
その言葉がやけに優しい音を持って耳に響いて。
ロイの浮かべている表情を見て、ヒューズは目を見開くと同時にひどく嬉しくなったのだ。
そうして彼は延々と語るに到る。
「だからな、あいつにはエドしかいないと思ったんだよ。おまえだって見ただろ、あのときのロイの嬉しそうな顔を」
「見たけどあんま覚えてない」
「すっげー甘い顔してたんだぞ。なんつーか、あれだ。もう『メロメロ~』みたいな」
「・・・・・・中佐、アンタもう29歳だろ」
『メロメロ~』は止めろ、と溜息をついてエドワードは本棚から分厚い装丁の本を引き出す。
本を数冊抱えて席へと戻ってくる子供を眺めながら、ヒューズは『だってー』と唇を尖らせて。
「『だってー』も止めとけ」
「ツレねぇなぁ、おまえは。そんなんじゃ女にモテねーぞ?」
「いいよ、モテたいとも思わない」
「そうか、それは丁度いい。じゃあロイを貰ってやってくれ」
はぁ、と溜息が落ちる。
エドワードは本を開きながら乱暴に自分の前髪をかき上げた。
「だから何でそういうことになるんだよ・・・・・・」
「ロイがおまえを好きだからだろ?」
「あっさり言うなよ、中佐」
「グタグタ言ったって内容は変わらない」
不服そうなエドワードに笑ってみせて、ヒューズは優しい声で告げる。
「ロイにとっては、エドが『運命の人』なんだよ」
冷静で、有能な、人間兵器。
ロイが周囲にそう評されていることをヒューズは当然知っていた。
けれどそれを否定して回ることはしなかった。当のロイが放置することに決めていたからだ。
知っていてほしい人間だけが知っていてくれればいい。
そう言ったロイに悲しみを覚えたことをヒューズは忘れられない。
傷つけられることすら、必要だと判断した彼を。
包んでくれる存在が、いつか現れてくれたなら。
そのときは全力で二人を守ろう。
そう、ヒューズは決めていたのだ。
しかし現れてくれたロイの『運命の人』は、一筋縄ではいかなかった。
金色の髪をして、少年らしい強い瞳で、罪を背負って、歯を食いしばって前を向く子供。
そんな彼を包むように、守るように。
そして何より、支えながらも、支えてもらえるように。
ロイは手を差し出した。
彼自身戸惑っていながらも、不器用ながらも懸命に。
ロイはエドワードを選んだのだ。
ただ、一人。
「・・・・・・やってらんねー」
エドワードは溜息をついて開いていた本を閉じた。
おや、と片眉を上げるヒューズをよそに本を積み重ねて席を立つ。
「俺は大佐の分まで背負えねぇよ」
「それでいいんだよ。ロイだって何もおまえに押し付けようなんて考えちゃいないさ」
「なら」
「――――――エド」
座ったまま子供を見上げる。
前しか向いていない眩しい瞳をじっと覗き込むようにして。
戸惑ったようなエドワードに、ヒューズは笑って言った。
「ロイのことを、見捨てないでやってくれ」
それは願いにも似た。
懇願にも似た。
ひたすらに強い思い。
くしゃりとエドワードの顔が歪んで。
小さな声が俯いたその口から漏れる。
「アンタ、質悪い・・・・・・」
そんな風に言われたら決して断ることなど出来ないと判っていてそう言う。
自分の狡さを自覚しているヒューズも、苦笑に似た笑みを浮かべて。
「おまえにとっても、ロイが『運命の人』だといいんだけどな」
「・・・・・・判んねぇよ、そんなの」
「この先それっぽいのが現れなかったら、ロイを格上げしてやってくれ」
その言葉には、エドワードも小さく笑った。
「考えとく」
「頼む」
ヒューズも立ち上がって、エドワードの金糸を出来るだけ優しく撫でた。
どうかそんな日が早く来ますように、と願いながら。
二人が幸せになれるためならば、何でもすると決めたのだ。
だからどうか、幸せに。
小走りに資料室から出て行く小さな背中を、ヒューズは目を細めながら見送った。
2004年2月10日