09:「それは企業秘密です」





百人中百人が美少女だと断言するであろう子供。
そんな子が東方司令部というイーストシティ随一の軍施設を頻繁に訪れていれば、それは噂になっても仕方ないだろう。
白いコートに長めの黒髪をなびかせて、軽いステップで門衛に挨拶して軍門を通り抜ける。
そんな後ろ姿を熱の篭った視線で見送る輩は多い。

美少女の正体が、国家錬金術師の少年だとは露ほどにも知らずに。



「こんにちはー」
「よぉ」
「いらっしゃい」
今日も今日とて三時のお茶少し前に現れたに、司令部の面々は笑いながら声をかける。
「今日のおやつは何だ?」
覗き込んでくるブレタ少尉に、は笑いながら紙袋を揺らして。
「リザさんには月餅と蒸しカステラ。でもって祁門紅茶をセット」
「俺達には?」
「蒸しカステラだけ」
あまりといえばあまりの、当然といえば当然の差に、ブレタたちは思わず声を上げて笑う。
「せめて月餅にしてくれよなー」
「お茶も烏龍茶とかさ」
「んー、イチオウ考えとく」
文句とも取れない文句には軽く笑みを返して、紙袋の中から取り出した蒸しカステラの塊を空いている机の上へと下ろす。
各個人サイズに切ってくるという作業はなく、とりあえず作ってくるだけ。
だけどそれだけで十分だと司令部の面々は思っていた。
自分たちは、紛れもないオマケなのだから。
ハボックは新しい煙草に火をつけながら近づく。
「中尉は会議に出席してるから、戻ってくるにはまだかかるな」
「・・・・・・どのくらい?」
「30分ってとこか」
「じゃあ待ってる」
そう言っては執務室の隅にあるソファーに腰を下ろした。
フュリー曹長の差し出してくれた紅茶に満面の笑顔でお礼を言って。
上司であるロイがいない間に食べてしまおうと思っているのか、仕事をしていたブレタを始めとする面々が、今はの作ってきた蒸しカステラに群がっている。
人数分均等に分けるための計算がファルマン准尉によって行われていた。
煙草をふかしながらそれを見送り、ハボックはの隣へと腰掛ける。
「んで、姫さん。その紙袋は?」
「姫さん言うな。アンタ一度本気で俺の蹴りを食らっとく?」
「まぁまぁ、そう気にすんなって。―――で」
煙の立ち上る煙草で、の持っている紙袋を示して。
「その中尉のためにいつも持ってくる袋とは違うソレは、どうしたんだ?」
ニヤッと笑うハボックに眉を顰めながらも、は一度だけ自分の手元を見下ろす。
いつも想い人のために菓子をいれてくる紙袋は、ビニールコーティングされている丈夫なもの。
なのに今日は、それにプラスして白の紙袋を持っている。
小さいけれど確かな重みのあるそれは・・・・・・。
「もらった」
「誰に?」
「名前は知らない。よく司令部の前に立ってたり、近くの喫茶店にいたりする奴」
ピタリ、と蒸しカステラを争っていた面々の動きが止まる。
その気配を感じ取りながら、ハボックはさらに笑みを深めて尋ねた。
「茶髪で細目の男か、黒髪の男前か、目つきの悪いのガキか、眼鏡の細身か、気の弱そうな小柄か、それともテンション高めの美女か、どれだ?」
「アンタ風に言えば、気の弱そうな小柄」
「黒髪で目の大きい?」
「そう」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
沈黙が執務室に舞い降りる。
が変わらずに紅茶を飲む音がやけに大きく響き、それをきっかけにワァッと騒がしくなった。
「よっしゃ俺の勝ち!」
「ズルイっすよ、ハボック少尉! あー絶対に茶髪だと思ったのに!」
「つーか見てるだけじゃなくて声かけろよ! ちくしょー奢りが・・・っ!」
「えっと、じゃあ当てたのはハボック少尉お一人ということで、負けた参加者は少尉にランチ一回ずつ奢りになります」
「悪いなぁ。あーこれで一ヶ月は昼食代が浮くわ」
「ずるいっすよ、少尉」
「するいっすよー」
「ズールーイ・ズールーイ」
沸き上がるコールにもハボックは手を振ることで応えて、満足そうにを振り返る。
「姫さん、どーも」
悪びれもしない相手には怒るよりむしろ苦笑を浮かべた。
「俺に配当は?」
「食事三日ってところでどうだ?」
「五日後に出発だから、それまで毎日」
「あー・・・よし、判った」
商談成立、と言って、は白い紙袋から品物を取り出した。
片手に収まる程度の箱は奇麗なラッピングが施されていて、どこからどう見てもプレゼントにしか見えない。
リボンを解いていく様を眺めながら、ハボックは感嘆の溜息をつく。
「名も知らない男に貢がせるとは、さすが姫さん」
「姫さん言うな。金持ちならまだしも、一般庶民にそうさせるのは気が引けるね」
「そうやって今まで何人虜にしてきたんだ?」
「それは企業秘密です」
小さく笑う横顔はとても可愛らしくて、美少女以外に相応しい言葉が見つからない。
しかしは少女ではなく少年で、一般市民ではなく国家錬金術師で。
それらを知らずにに恋い焦がれる輩は多い。
ご愁傷様、と内心で呟いてハボックは煙草を揺らした。
箱を開けたが嬉しそうに声を上げる。
「『幸福を呼ぶキャンドル』だ・・・・・・」
「幸福を呼ぶキャンドル?」
ハボックは首を傾げる。
「そうだよ。今イーストシティで評判のお菓子屋さんで、限定品として発売されているキャンドル。ほら、見て。四つ葉のクローバーがキャンドルに入ってる」
持ち上げてられた手の上にあるクリーム色のキャンドルの中には、確かにクローバーが収められている。
しかも真実の愛と幸福をもたらすという、四つ葉のクローバー。
「四つ葉のクローバーの数によって販売数が決まるっていう限定で、だからこそ競争率が高いんだよなー。うわ・・・かなり嬉しいかも・・・・・・」
は愛らしい顔を喜色に染めて、キャンドルに軽くキスを贈る。
それだけで十分だろ、とハボックは思った。
「しかもさらにザッハトルテ付き! 俺、ここのケーキ大好き。あー・・・うわ、俺この人と付き合おうかな」
「待て、姫さん」
「ちょっと気が弱そうだったけど、それなら手を出してくるのにも時間がかかるだろうし。だったら俺が男だってこともしばらくバレないだろうし」
「おいおいおいおい」
「ブランド物の指輪もらうより嬉しー」
大事そうにキャンドルをまた箱に戻して、確認したザッハトルテにチョコレートよりも甘い笑顔を浮かべて。
そんなを見ながらハボックはひやりと冷たい汗を覚えた。
このという少年は、やると言ったらやる。
しばらくは監視しとかないとな、などとハボックが心に決めたとき、ちょうど執務室の扉が開いた。
隣にいたが弾かれたように立ち上がる。
「リザさん、ご苦労様っ」
駆け寄っていく姿は子犬を思い出させて、ハボックは短くなった煙草を消して立ち上がった。
には素通りされた上司に向けて労りの言葉をかける。
「大佐、ご苦労様でした」
「そう思うならおまえが代わりに出てみろ。それで、今日の差し入れは?」
「蒸しカステラっすよ」
なんだかんだ言って、大佐である彼もの差し入れを楽しみにしているらしい。
微笑ましくて思わず笑いかけたハボックは、はたと気づいて後ろを振り返った。
見えるのは、真面目に仕事をこなしている同僚の面々。
真面目に、真面目に、真面目に・・・・・・?
視線を移せば、甘い香りを発していた菓子はどこにもない。
「ハボック、コーヒーと一緒に持ってきてくれ」
そう言って彼専用の執務室に入っていく上司に何を言うことが出来ただろうか。
ましてや、蒸しカステラはどこにもアリマセン、だなんて。
引きつる口元でハボックは呟く。
「やりやがったな、おまえら・・・・・・」
自分さえも食べていない差し入れは、真面目に仕事をこなしている彼らの胃に収まってしまったらしい。
賭けの仕返しか、と思ってハボックは溜息をついた。
執務室の入り口ではビニールコーティングされた袋を持って、がリザと共に出て行こうとしている。
白い紙袋は、まだソファーに置かれたまま。
当然かもしれないが、いたたまれない。そんな思いでハボックはもう一度溜息をついた。

美少女と呼ばれる少年の噂は、まだまだ収まる気配がなかった。





2004年1月19日