07:「爪が甘いんだよ」
意外と広いその背中に、ときどき抱きつきたくなる。
・・・・・・・・・なので、抱きつく。
「は、鋼の?」
動揺していつもと違う表情をするロイを見るのは、結構面白い。
「んー・・・・・・」
ペタペタとエドワードはロイの背中を撫でる。
左手の生身の熱と、右手の機械鎧の冷たさには大きな差があって。
それが少しくすぐったく、恥ずかしさを覚える。
湧き上がってくる衝動を押さえて、ロイはどうにか振り向いた。
見下ろす先では、エドワードがきょとんとした表情でロイを見上げている。
「大佐って、意外と筋肉質なんだ?」
発されたのは色気の欠片も無い言葉だった。
あぁ、とロイは焦りを内心で隠して笑う。
「まぁ私も一応軍人だからな。トレーニングは基本だろう?」
「そりゃそうかもしんないけどさ。でもちょっと意外」
もっとナヨナヨしてるかと思った、という言葉にはさすがのロイも肩を落とした。
何がどうして好きな相手にひ弱に見られなくてはならないのだ。
逞しさを測っているのか、ロイの二の腕を握っているエドワードを溜息をつきながら見下ろす。
旋毛が見えて、金色の三つ編みの下、コートの襟元から首筋が覗いている。
少年にしてはしっかりとした肩甲骨に、ロイはふむと頷いた。
「鋼のもしっかり鍛えているじゃないか」
「まぁ師匠の教えだしな。精神と肉体は同時に鍛えろって」
「それは良い教えだ」
「俺もそう思う」
柔らかい表情でエドワードは頷いた。
その様子を見るからに、きっと師匠という人物をエドワードは心から尊敬しているのだろう。
そしてまた、師匠もエドワードのことをよく考えて物を教えている。
理解者が増えることは喜ばしい。―――――――しかし。
「・・・・・・・・・鋼の。君の師匠とは一体どんな人物なんだい?」
願わくば。ロイは思った。
願わくばその師匠とやらが、自分よりも顔が良くて背の高い錬金術にも秀でている若い男ではありませんように。
そして更に言うならば、美しくスタイルの良い料理上手で母性の強い妙齢の女性でもありませんように。
・・・・・・・・・勝ち目がないから。
エドワードはロイの手の平を自分のものと比べながら答えた。
「先生? 別にちょっと怒りっぽくて病弱で手の早い優しい人だぜ。南部で旦那さんと一緒に肉屋をやってんの」
「既婚者か。それは良かった」
「・・・・・・馬鹿か、アンタは」
呆れたように言って、エドワードがロイから離れる。
遠ざかってしまった体温が淋しくて、からかうようにロイは笑った。
「もういいのかね?」
「何が?」
「君にならいくら触れてもらっても良いのだが」
振り向いた相手に大人の表情で微笑む。
けれどエドワードの方が一枚上手らしかった。
楽しそうに笑って、彼は言う。
「いいよ。責任取れないから」
それは一体どういう意味だったのか。
一瞬のタイムラグの後で勢い良くロイの脳が回転を始める。
一周どころか目的地さえ失ってグルグルグルグルと。
そんなロイに、エドワードはひどく艶やかに笑みを浮かべた。
「爪が甘いんだよ、大佐は」
伸ばされた手がもう一度だけロイの腕を撫でて離れていく。
そのままエドワードは歩き出してしまって。
部屋の扉を開けて、その金糸と赤いコートは見えなくなってしまった。
残されたロイは、緩慢に口元を覆い隠す。
まだ熱が残っている。
焔を、つけられてしまった。
2003年12月28日