06:「グッド・ラック」





「ダメだ。やり直し」
パサッと書類の束を机の上に放ってエドワードは言った。
金色の長い三つ編みを大佐を示す階級章の上で揺らしながら、机の向こうに立つ部下を見上げる。
まだ青年と言っても良いロイ・マスタングを検分し、半年後には身長が抜かされそうだな、などと考えてエドワードは微妙に顔を歪めた。
しかしそれを心中に収めて表情に出さないのは、さすがこの世代一の出世頭といったところか。
「大総統なんて夢のまた夢だな、ロイ・マスタング一般兵」
震えるこめかみを見て、エドワードは更に笑みを深める。
「〜〜〜〜〜〜ふざけるなっ!」
バンッと机を叩くロイに大袈裟に肩を竦めてみせて。
「直属の上司である俺に対してずいぶんな無礼だな。まぁいいや。とりあえず報告書はやり直し」
書類を部下の胸に押しつけて笑う。
「8回目こそ俺にオッケーを出させてくれよ?」
一応上司であるエドワードにこれ以上逆らうことは出来ず、ロイは再提出を命じられた書類をゴミ箱へと乱暴に投げ入れて、肩を怒らせながら執務室から出て行った。
大きな笑い声を蹴散らすようにドアを閉める。
その際に舌打ちをして、ロイは自分に視線が向けられていることに気づいた。
目線を上げてみれば、同じ上司に仕える同僚達が哀れむようにこちらを見つめていて。
乱暴にそれを振り払って自席に着き、引き出しの中から報告書用の書類を取り出す。
もうすでに何回も繰り返している所為で、ロイ本人は知らないけれども、彼は東方司令部で一番報告書について詳しくなっていた。
――――――なのにエドワードが一度でオッケーを出したことは、今だかつて、ない。
「あの無能大佐が・・・っ! 見てろ、俺が大総統になった暁には散々扱き使ってやる!」
物騒なことを呟きながらロイは報告書の空白をどんどんと埋めていった。



ゴミ箱に放られてしまった可哀想な書類を拾い上げて、アルフォンスは溜息を吐いた。
どこからどう見ても完璧にしか見えないそれ。
「兄さん、この報告書のどこが不満なの?」
問いかければ、片手間に、けれど卒無く仕事をこなしていたエドワードは口元だけで笑う。
「別に? 報告書自体は悪くないと思うぜ」
「だったら受け取ってあげてもいいのに。・・・・・・確かに明後日までに提出してもらえれば良いものだけど」
「だったらいいだろ? ロイってからかい甲斐があって楽しいんだよ」
「・・・・・・まぁ、兄さんが良いならそれでいいけど」
結局は兄に甘いアルフォンスらしい言葉。
もう一度ゴミ箱へ入れられた書類とは反対に渡されたコーヒーを受け取って、エドワードはペンを置いた。
丁度良い好みの味に嬉しそうに笑って。
「だってロイはいずれ大総統になるんだっていうし、なら今のうちに苛めておかないとな」
「トラウマを作って逆らわないように?」
「そうそう刷り込み的に・・・・・・って、おいアル」
「うそ。冗談だよ、兄さん」
にこやかに笑う弟に、エドワードは「おまえはどこまで本気か判らない」と呟きながら肘をついた。
もしかしたら直属の上司である自分よりも、弟であるアルフォンスに何故か苛められそうな予感のする部下を可哀想になんて思いながら。
「でも、それも面白いかもな」
兄の言葉に、アルフォンスは心得たかのように綺麗に笑ってみせた。
ロイ・マスタングの運命はこの瞬間に決まったのである。
「・・・・・・グッド・ラック」
とりあえずはエールを送っておこう。

有能な錬金術師であり軍人でもあるアルフォンスに、一介のひよっこ軍人のロイ・マスタングが果たして敵うかどうか。
勝敗はアルフォンスが兄第一主義という時点で、すべて決まっているのだ。





2004年1月2日