05:「お互い様」





バタバタと廊下を走る憲兵を不審に思い、ロイは声をかけた。
「何かあったんですか?」
「―――何かあったじゃないですよ!」
走りながら振り向く相手は緊張と興奮を帯びた声をしていて、ロイは片眉を上げた。
彼の走っていく先にあるのは、自分の仕事場ではないだろうか。
正確には、自分の上司であるいけ好かない『鋼の錬金術師』の。
「エルリック大佐に何か?」
尋ねると、憲兵は切れ切れの呼吸の間で返答した。
「客がみえたですよ、エルリック大佐に!」
「―――客?」
「そう!」
告げられた名に、ロイは目を見張る。

「『新緑の錬金術師』が来たんですっ!」



新緑の錬金術師
その名は国家錬金術師の間で広く知られている。
自然を司り、中でも木々に関する錬成において、この人物の右に立つ者はいないとさえされているのだ。
枯れ果てた樹木にも、芽吹いたばかりの葉を咲かすことが出来る。
その力は強大で、それでいて優しい。
『新緑』の名は、錬金術師の間では有名だった。

それこそ『鋼』という二つ名と同じくらいに。



執務室に入ってきた男は、金髪で背の高い、一言で言えば涼やかな表情の似合う色男だった。
青い軍服の肩に並んでいるラインは、彼が中佐であることを示している。
その後に続いて入室してきたのは、前述の男よりは小柄で、そしてどことな童顔な軍人。
しかしその肩の勲章から、彼が幼い容姿とは裏腹に佐官であることを見て取れる。
どちらが『新緑の錬金術師』だろう、とロイが見定めようとしていたとき、執務室の奥にある扉が開いてアルフォンスが出てきた。
「ラッセル、フレッチャー、久しぶり」
「久しぶりだな、アルフォンス」
「久しぶり」
長身の男は軽い笑みを浮かべて、小柄な方はにっこりと笑顔になって挨拶する。
アルフォンスは彼らにソファーを勧めながら、困ったように眉を顰めて。
「兄さんなんだけど、今はちょっと・・・・・・」
「またか、アイツは」
呆れたように表情を変え、長身の男は奥の扉へと向かう。
「どうせ仕事が終わったからって文献を読み始めたら止まらなくなったんだろ。そんなこといつでも出来るんだから、今は俺たちの相手をさせてやる」
「じゃあよろしく、ラッセル」
勝手知ったる様子で、ラッセルと呼ばれた男はエドワード専用の執務室へと入っていった。
それでは残っている小柄な方がフレッチャーか、とロイは目ざとく判断する。
ソファーに腰掛ける彼とアルフォンスは穏やかな笑みを浮かべていて、青い制服がなければ軍人に見えない。
にっこりと、彼らに向けるのとは質の違った笑顔を浮かべ、アルフォンスはロイに言った。
「四人分のお茶とお菓子をよろしく」
「・・・・・・・・・はい」
軍は階級が全て。
奥の執務室から聞こえてくる喧騒をバックに、ロイはしぶしぶ給湯室へ向かった。



「ロイ、こいつはラッセル・トリンガム中佐。そっちが弟のフレッチャー・トリンガム少佐。新緑は兄貴の方だ」
余りにも簡潔な説明にロイは思わず口を開いて呆れたが、紹介された二人&アルフォンスは慣れたもの。
フレッチャーはぺこりと頭を下げ、ラッセルは横目で視線を寄越す。
パッと敬礼を取ってロイは姿勢を正した。
「で、こいつがロイ・マスタング。どうせおまえら、ロイのことを見に来たんだろ?」
「あぁ。“あの”鋼の錬金術師が新しい部下を囲ったってセントラルじゃ話題になってる」
「『笑いに』の間違いじゃねーの。どうせお偉いオッサンたちが酒の肴にでもしてんだろ」
「美味い酒は飲めそうにないな。何しろジジイどもは何時おまえがセントラルに召還されるかビクついてばかりだ」
「今からそんなんじゃ、半年後の慌てようが目に見えるぜ」
サラリとエドワードの言った言葉に、アルフォンスとフレッチャーが周囲を見回す。
席をエドワード専用の執務室へと移していたため、ここには彼らを含めた五人の姿しかない。
ドアがきちんと閉められているのを確認し、フレッチャーはおずおずと聞き返した。
「それ、本当? エドワードさん」
戸惑っていながらも瞳はキラキラと輝いていて、エドワードはそんな彼に素直に笑う。
「あぁ。この間、大総統に会ったときに直に言われた」
「じゃあ本当だ! やったよ、兄さん! これで僕らも監察部から動けるよ!」
「おまえたちを軍に推薦したのは俺だし、セントラル昇進祝いに望めば、おまえたちを俺のとこに呼ぶことは出来る。それでいいんだな?」
「うん!」
嬉しそうに、幼い顔をさらに幼くさせてフレッチャーが頷く。
エドワードはじっとこちらを睨んでくるラッセルに、かすかに苦笑して。
「・・・・・・エド」
「言うなよ、ラッセル。等価交換は錬金術師の基本。お互い様だ」
「・・・・・・なら、俺がそれを少しくらいは軽くしてやる」
溜息を吐いて、ラッセルは目にかかる髪を払った。
エドワードの髪を太陽の金だとするのなら、ラッセルのそれは太陽よりも淡い月の色だ。
そんなことを何とはなしに考えていたロイは、その月の下から向けられた鋭い視線に息を呑む。
階級とか錬金術師としての実力とか、そういったものではなく。
敵意さえも感じさせるような眼差しで、ラッセルはロイを射抜いて。
「―――よく考えろよ、エド」
声音は、低く戒めるようなものだった。

「殺せもしないガキを戦場に連れていったって、足を引っ張られた挙句に亡くすだけだ」



剣呑な話題は最初だけで、その後は和気藹々とした時間が続いた。
年齢からすればラッセルの方がエドワードより年下らしいが、そんな事実を思わせる仕種などはなく、ただ親しい友人としか見えない。
皮肉を混ぜたりしながらも話す彼らは、紛れもなく気の置けない関係で。
去り際にはわざわざ東方司令部の門まで出て、エドワードは二人を見送った。
青の軍服に黒のコートを羽織った後ろ姿が、夕暮れの街並みに消えていく。
金色の髪が夕日を浴びて赤く染まり、エドワードの横顔を飾った。
「おまえを南部に連れて行く」
告げられた言葉に、ロイはハッとして振り向いた。
15のときに出会ってからずっと見上げてきた横顔は、今はもう目線の変わらぬ位置にある。
自分はこの三年で成長したのに対して、この上司は何も変わっていないとロイは思った。
変わらずに、手の届かない場所に在る。
「南部の国境線で活躍すれば、おまえには伍長か軍曹、もしかしたら曹長の地位が下されるかもしれない」
「―――っ」
「大総統への距離も、その分だけ近くなる」
青い軍服を翻して、エドワードは司令部内へと引き返す。
時折向けられる敬礼に頷きを返して。
そんな上司の後を追いながら、ロイは湧き上がってくる興奮を感じていた。
これで野望へと近づける。求めて止まない、必ず手にすると誓った権威に、一歩。
「おまえが燃やした敵の数だけ、おまえ自身が『使える』と評価されるんだ」
――――――一歩。

「国家錬金術師になりたいんだったら、人を燃やせる覚悟を決めておけ。・・・・・・・・・自分が周囲に疎まれて、怨まれる覚悟もな」

金色の髪と眼を持つ上司は、それだけ言って執務室の中へと消えてしまった。
残されたロイは、投げかけられた言葉を処理するのに精一杯で。
閉められた扉を前にして、抱いたばかりの興奮が鉛のように冷たく、身体の中に落ちていくのを感じる。
エドワードと、そしてラッセルの台詞が、頭の中を駆け巡った。
ロイは呆然と己の手を見下ろす。

発火布を纏っていないそれは、紛れもなく人間の手だった。
――――――今はまだ、焔を熾すことの出来ない。
『人間』の、手だった。





2004年8月1日