03:「自業自得だろ」





国家錬金術師に限らず、兵士は前線から引き返すと、何も言わずに黙り込むか、逆にずっと喋り続けるかのどちらかになる。
自分が犯してしまった行為に対して神に懺悔し続けるか。
生きていると確認したくて、誰かに自分が生きていたことを知っていて欲しくて話し続けるか。
・・・・・・二つに一つ。
騒がしいテントの一つを、は後にしようとした。
「女の一人歩きは危ねぇぜ? ついてってやろうか」
からかう様に唇を緩ませながら言う男の両手には、錬成陣が彫られている。
爆弾をもってして前線で活躍するキンブリーがは正直苦手だったし、ましてや進んで殺戮を楽しんでいる彼を心の中で嫌悪さえしていた。
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
肩を竦めるようにして男は笑い、は軽く目を伏せてテントを出る。
男の軽い声が背中越しに聞こえた。
「さっさと慣れた方がいいぜ。理由がなんか持ってるから苦しくなる。自業自得だろ」
「・・・・・・ええ、判ってるわ」
悲しげな呟きが夜の基地に響く。



「・・・・・・・・・、さん?」
呼ばれて振り向くと、薄暗いテントの影に誰かがいるのが見える。
それがここに来てからは懇意にしている焔の錬金術師だと判って、は微笑を浮かべた。
下ろされている金色の髪が月の元に映える。
「こんばんは、焔の」
何をしていたのかは聞けなくて、結局一番普通で、それでいてこの場に最も相応しくない言葉を綴る。
ロイはパチリと目を瞬いて、そして笑った。
「こんばんは、さん」
「月が綺麗ね」
「ええ、そうですね。きっと明日は晴れるかと」
「それじゃ洗濯日和ね」
戦場にいる今はそんなことをする必要は無いのだけれど。
人殺し日和だと言うよりかは、全然マシ。
月を見上げるの横顔を見ながら、綺麗な人だとロイは出会ってから何度目になるか判らないことを思う。
綺麗で、優しい人だ。自分が中央のテントの中ではなく、基地の隅にあるテントの影にいた理由を聞かないでいてくれる。
月光じゃ赤い目までは照らせないだろうけれど、雰囲気できっとそれは伝わっている。
年上とはいえ女性であるが泣いていないのに。
情けなさと恥ずかしさでロイは自嘲した。
そんな彼の心を知らずに、は月を見上げたまま呟く。
「明日、雨になればいいのに」
そうすれば軍もイシュヴァールの民も活発ではなくなって、一時的にでも休むことが出きるかもしれない。
少なくとも雨に弱い錬金術を使う、この若い青年だけは。
雲に隠れることのない月を見上げて、は目を細めた。



妹は元気で暮らしているだろうか。
ご飯はちゃんと食べてるか。病気や怪我なんかしていないだろうか。
もう子供じゃないと判っているのに、浮かぶのはそんなことばかり。

笑って、いてくれるといいけれど。



繊細なラインを描く横顔が少しだけ切なさを帯びる。
憂い顔も綺麗だけど、やっぱり笑っている方がにはよく似合う。
彼女の穏やかな笑みが、ロイはとても好きだった。
「―――いつか」
言葉が勝手に零れて落ちる。
「晴れの日に、一緒に出かけませんか? 買い物でも、ピクニックでも。さんの好きなところに」
優しい印象の瞳がゆっくりと振り返り、ロイはまるで言い訳をするかのように早口で続ける。
「こんな場所なんかじゃなくて、もっと明るくて楽しい街で。セントラルなら俺が案内しますから」
顔が赤くなるのを感じる。白い月明かりに目立たないことを祈って。
「ドレスを贈ります。さんにはきっと白とかベージュとかが似合うと思う」
青の軍服じゃなくて。厭う血の赤じゃなくて。
「だから」
振り向くに、ロイはどうにか顔を上げる。



「あなたは笑って下さい」



年下の青年の言葉に、はふっと目を綻ばせた。
「・・・・・・やっぱり優しいのね、焔のは」
まるで妹に対するかのように、穏やかに笑う。
「そうね。いつか、一緒に」
「その言葉、忘れないで下さいよ?」
「もちろん覚えておくわ」
二人して楽しそうに笑って。
月が大地を照らしている。明日はきっと晴れるだろう。だからきっと自分たちは前線に立つ。
夜にはまた一人で泣くかもしれない。
叶うかどうか判らない約束をしたがるかもしれない。
願うのは少しでも早い争いの終結。
祈るのは少しでも多い命の救済。
この言葉が月まで届くのなら、どうか、あなたは笑って。

そのためだけに戦場に立つ。
だからどうか。

――――――どうか。





2004年1月25日