100:また逢いましょう
季節としてはまだ早い。けれど咲いた桜。
沈丁花が綺麗な姿と香りを漂わせて。
風が、吹く。
「ただいまから第45回青春学園中等部卒業証書授与式を行います」
マイク越しに機械の声が響いて。
一つの季節が終わりを告げた。
学ランはおろか、ワイシャツも名札もベルトも、ほとんどのものはボロボロにされて。
かろうじて残ったワイシャツと学ラン上下。ボタンは一つも残っていない。
そんなお互いを見やってと越前リョーマは楽しそうに笑い合った。
「、暴行されたみたい」
「リョーマかて人のこと言えへんって」
引っ掛けているだけで意味の成さない制服を脱いだ。
そして思う。きっともう二度と、この服を着ることはないんだろう、と。
大人へと近づくことは嬉しくもあり、今までの日常を手放すことは悲しくもある。
言い切れない寂しさが胸を過ぎって、それを振り払うようにウェアを羽織った。
三年間、一度も脱ぐことのなかった青学レギュラージャージ。
「結局、今の今まで伸びてしもうたなぁ」
バッグの中からラケットを取り出して。
「が嫌がってたからでしょ。俺はずっとやりたかったのに」
ボールを互いに二つずつ取り合って。
「せやかてランキング戦のブロックはことごとくちゃうし、機会がなかったやん」
手首を捻ってラケットを回す。
「大会の個人戦でも中々当たらなかったしね。Jr代表じゃダブルスまで組まされたし」
ネット越し、握手の代わりに拳をぶつけた。
「俺らめっちゃ強かったしなぁ。青学の全国優勝の立役者やし、永遠に歴史に名を残すやろ」
背を向けてラインまで歩く。
「別に残らなくてもいいけど。どうせこれからも続くんだし」
確かめるようにボールをつく。
「せやな。これからも続くしな」
腰を落としてラケットを構える。
「場所が違っても」
高く放って。
「進む道が違うても」
きつく握って。
―――――――――――走る。
それからはもう、言葉なんていらなかった。
交わすボールだけがすべて。
君と出会えて、共に過ごせた三年間。
楽しかった。幸せだった。
もっともっと一緒にいたかった。
力一杯ラケットを振り抜いて。
唇を噛んで浮かぶ涙を堪えた。
・・・・・・・・・もっとずっと、一緒にいたかったよ。
制服は着れるものじゃなくなってしまったから、ジャージのまま帰路へつく。
他愛無い話を交わして、時には手や足などでコミュニケーションを取って。
が笑って。
リョーマが笑って。
それは本当にいつもどおり。
まるで明日もまた会えるかのように。
どちらが先だったのか、足が止まった。
夕焼けを浴びてオレンジ色の輝くアスファルト。
―――――帰路が、岐路に変わる。
「ほなリョーマ、元気でな」
「こそ。どっかで行き倒れたりしないでよね」
「リョーマこそカルピン探して行方不明になったりするんやないで」
「もそこらへんのヤツに拾われて飼われたりしないでよ」
「うっわ、それってちょおありえそうやし」
「否定するとこでしょ」
会話が途切れてしまって。
離れるべきだと思う。
今離れなきゃ、きっともう離れられない。
だけど、離れたくない。
「・・・・・・・・・元気でな」
何も言わずに頷いた。話したりしたら離せない。
だってずっと一緒にいれると思っていたから。
夕焼けが紫へと色を変えていく。
季節が、終わる。
「バイバイ、リョーマ」
「・・・・・・バイバイ、」
握手とか、抱擁とか、何が相応しいかなんて判らなかったから。
だから、セピア色の髪と黒髪を混ぜて。
一瞬だけ。
「・・・・・・また、ね」
ぬくもりと笑顔を残して、今はただお互いの道を。
・・・・・・・・・また、逢いましょう。
2003年8月9日