095:賽は投げられた
「・・・・・・・・・?」
まさかと思いながらかけた声に、数メートル先にいた背の高い女性が振り返った。
長くて、けれど軽そうな黒髪がふわりと揺れる。
彼女は驚いたように目を丸く見開いて。
「―――――不二先輩っ!」
笑ったは、僕の記憶の彼女とはまったく違う、綺麗な『女性』だった。
昔はショートだった髪は、今は背中の中ほどくらいまでの長さ。
身長はどうだろう。相変わらず僕よりも少し高い。
下を見てみれば、足元は少しだけヒールのある靴を履いていて。
あぁ、じゃあ実際には僕と同じくらいの高さなんだ。今もまだ勝てないだなんてちょっと不本意。
「久しぶりっすね。どれぐらいぶりですっけ?」
「三年か・・・四年ぶりくらいじゃない?僕が留学から帰る頃に、今度はが留学しちゃったし」
「うっわ、結構会ってなかったんすね。裕太とはちょこちょこ会ってるから、何となく不二先輩とも会ってる気がしてた」
「何それ」
楽しそうに話すに思わず笑った。
そうするとも笑って。
うっすらとメイクの施された顔は、とても綺麗。
黒のシックなパンツスーツがよく似合って。
正直に、美しいなと思った。
そして、いい女だとも。
「は今は何やってるの?」
就職活動にしてはそぐわないデザインのスーツ。
それに背負っている鞄も面接向きじゃないブランド物だし。
年齢的には大学四年生になったばかりだよね?たしか裕太と同じなんだから。
「あー、今は就活じゃなくてバイト三昧っす」
「バイト?スーツで?」
「えぇまぁ。つーかそこに就職決定したんで、もう働いてるみたいなもんっすけど」
はそう言って照れくさそうに頬をかいた。
そんな仕草と表情は昔と変わってなくて少し安心する。
「どんな仕事か聞いてもいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞かないで欲しいっす」
「聞いてもいい?」
重ねて聞くと困ったように視線を横に走らせて。
あ、スゴイ。面白い。
こういうところは変わってないんだなぁって今ハッキリ思った。
やっぱりは楽しい。
道端によって話している僕らに向けられる視線は多い。
その中の大半は、僕の前にいるに向けて。
昔は女の子ばかりだったけれど、今は違う。
背広を着たサラリーマンや、ラフな格好の大学生、そして制服を着た高校生まで。
みんながのことを見つめている。
男だけじゃなくて女の子の視線も集めてるところは、前と同じかな?
あまり伸ばされてはいないけれど、丁寧なネイルの施された爪。
派手ではないけれど、元々の整った顔を輝かせるメイク。
未だ困ったようにオロオロとしている。
そんな彼女の様子を見ながらあることに気づいて、僕は納得した。
・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、なるほど。
「―――――ってあぁ!すいません、不二先輩っ!ちょっと時間ないんで・・・・・・っ!」
腕時計を確認して慌てるについ苦笑する。
「ううん。また今度ゆっくり会おう。手塚や英二にも声をかけておくから」
「はい、そのときは是非!」
「――――――――――あ、それと」
体育会系でもないのに規則正しく頭を下げてから走り出したに、僕は後ろから声をかけて。
振り向いた瞬間のの美しさに思わず息を呑んだけれど、どうにか笑顔のまま。
左手の、薬指を指差して。
「結婚式の招待状、楽しみに待ってるから」
よく見れば女性らしい細い指にはめられている指輪。
シンプルで、働くときに邪魔にならないよう宝石の埋め込まれているタイプのもので。
活発なに合わせて選んだのだろう、見えない相手の優しさを感じた。
そしてそんな指輪の似合うに初めて気づいた。
頬を染めて笑うはとても綺麗で、可愛らしくて。
走り去っていく背中に、思わず考えずにはいられない。
「・・・・・・・・・遊ばないで、育てておくんだったなぁ」
とりあえずそのうち届くだろう招待状を待って、届いたら喜んでお呼ばれして。
そしての趣味の悪さを笑ってやろう。
それと誰だか知らないけど、相手の趣味の悪さも笑ってやって。
もしどうしても不釣合いだったら十字架と一緒に盗んでしまえばいい。
昔と同じように散々困らせて、遊んでやって。
そして甘い言葉を囁いてあげる。
の現恋人さん、先に謝っておくよ。
――――――ごめんね?
2003年7月23日