094:粉雪





「・・・・・・あぁ、降ってきた」
チラホラと白いものが舞い降りてくる鉛色の空を見上げ、小島明希人は呟いた。
翳す手の平は皮の手袋に包まれていて、吐く息は白く濁る。
「真田は雪、嫌い?」
振り向いて問えば、身長的には少し下、でも年齢的には結構下のチームメイトが首を振って。
「試合のときは面倒ですけど、でも雪は好きです」
「うん、俺も好きだな」
外したベージュのマフラーを後輩へと巻きつけて、明希人は歩き出した。
一歩後ろの距離をついてくる真田一馬に小さく笑みを浮かべながら。



明希人にとって、一馬が妹の有希と同じ年ということがあったのかもしれない。
それともただ単にその透明な性格が綺麗だと思ったのかもしれない。
挙げれば理由はいくらでも挙げられるけれど、とにかく明希人は真田一馬という後輩をとても気に入っていた。
チームメイトとしても優秀で、尊敬に値するサッカー選手。
けれど一度フィールドを出れば彼は静かで穏やかな後輩へと変化して。
隣に居るのは心地よい。一緒にいると気分が落ち着く。
明希人は一馬を気に入っていた。
自分が一馬に嫌われていないという事実を知って、さらに一馬を気に入った。



「今日の料亭、美味しかったですね」
一歩後ろの距離で、一馬が言う。
「うん、俺のオススメの店だから」
「明希人さんの教えてくれる店って全部美味しいですよね。ハズレがない」
「だって真田に教える店だからね。せっかく二人で行くなら美味しいところがいい」
足を止めて、振り向いた。
「意味、判る?」
穏やかに、笑んで。
一歩の距離。



「雪が降ってる」
手を伸ばして黒髪に触れる。
結晶が手袋の上で溶ける。



「寒いね」
艶を帯びる髪。
雪みたいに白い肌。



「真田は寒くない?」
滑るように頬を撫でた。
まっすぐに視線を合わせて。



「真田は、寒くない?」



指先で唇に触れた。
鮮明な紅が雪を受けて小さく震える。
視線は、逸らさずに。



「・・・・・・・・・寒い、です」



返された言葉に明希人は嬉しそうに微笑んだ。
それはまるで雪さえも溶かしてしまうほどに温かく。
熱がこもるのを、感じる。



「よくできました」



頬に寄せた手に少しだけ力を込めて。
そっと距離を近づける。
伏せた睫毛に雪が乗って、幻想的だと明希人は思った。



雪と一緒に、君に触れる。





2003年9月25日