093:美貌
それはある日、スクランブル交差点にて。
彼らは実に運命的な出会いをした。
「・・・・・・・・・柾輝」
「何だよ?」
隣からかけられた声に黒川は視線を動かした。
約20センチ下では部活の先輩である椎名翼が、その可愛らしい顔を無表情に整えていて。
それを見て黒川は内心で「げ」と思う。
無表情は椎名の怒りボルテージがかなり高いことを指している。
笑っているときはまだ大丈夫。けれどそれが無表情になったときは注意に注意を重ねなくてはいけない。
つい一分前までは、むしろ信号が赤で引っかかるまでは普通の状態だったのに一体何故。
背中に冷や汗を流す黒川など気にもせず、椎名はトゲトゲとした声で続けた。
「横断歩道の向こう。白のロングニット」
「・・・・・・は?」
「ウザイ。さっさと見ろ」
椎名の機嫌は最高潮に悪い。マシンガントークではなく単語で相手を攻撃するところにもそれは現れていて。
色黒なせいか判りづらいが、黒川は顔色を悪くさせながら椎名の言うとおり横断歩道の向かい側へと目をやった。
丁度自分たちと同じように信号待ちをしている人たちの中で、白のニットを着ている人物は一際目立って見える。
「・・・・・・アイツがどうかしたのか?」
「どう思う?」
「どうって・・・・・・」
そう言われてもう一度例の人物に目をやる。
身長は隣にいる椎名よりも少し高い。
肩が大きく開いている白のロングニットに少しだけチョコレート色の入った黒のシガレットパンツ。
黒の尖ったミュールと四角いバッグ。細いチェーンのネックレスとピアスが見えて。
ふわふわ飴色の髪と薄いメイクを施された顔は、そんじょそこらではお目にかかれない程に整っている。
黒川は思わず感嘆の溜息をついてしまった。
「・・・・・・すっげぇ美少女・・・・・・・・・」
まるで天使みたいだ、と柄でもないことを心の内で考えて。
しかしそんな黒川を不機嫌絶好調の椎名は軽く鼻で笑い飛ばした。
「おまえ、男に欲情するほど相手に困ってるわけ?」
「ねぇ裕太」
「何だよ、」
隣からかけられた声に裕太は視線を動かした。
約20センチ下では幼馴染でルームメイトでもあるが、その可愛らしい顔でニッコリと笑っていて。
それを見て裕太は内心で「あれ」と思う。
笑い顔も相変わらず美少女に見えるだが、今の微笑には何かしら含まれるものがあるようで。
生まれてからずーっと付き合いの続いている裕太は簡単にそれを察知した。
つい一分前までは、むしろ信号が赤で引っかかるまではただ単に部活の話をしていたのに。
一体何を見つけたのだろう。首を傾げる裕太には続けた。
「横断歩道の向こう。ジーンズにオフホワイトのセーター」
「は?」
「いいから見て」
ニコニコとやはり含みのある顔では笑う。
裕太は再度首をかしげながらも言うとおりに横断歩道の向かい側へと目をやった。
丁度自分たちと同じように信号待ちをしている人たちの中で、オフホワイトのセーターを着ている人物は一際目立って見える。
「・・・・・・アイツがどうかしたのか?」
「気づかない?」
「気づかないって・・・・・・」
そういわれてもう一度例の人物に目をやる。
身長は隣にいるよりも少し低い。
オフホワイトのタートルネックのセーターにいい感じで色褪せたジーンズ。
足元は白に赤いラインの入ったスニーカー。ポケットに差し入れている手首にはバンクルが見えて。
少し天然かかった髪とノーメイクの顔は、そんじょそこらではお目にかかれない程に整っている。
裕太は目を凝らしながらその人物をよく観察して、あることに気づいた。
「・・・・・・同類か・・・・・・・・・」
「うわ失礼。でさ、俺とアイツとどっちが可愛い?」
「どっちって・・・・・・」
どっちも男だろ、なんて裕太は内心で大きな溜息をついてしまって。
しかしそんな裕太をさらに煽るようには可愛らしく微笑んだ。
「裕太の好みは俺が基準だもんね?」
信号が青に変わる。
今か今かと待っていた人々は縞々の横断歩道を歩き始めた。
白に赤ラインのスニーカーが音もなく一歩踏み出して。
黒のミュールがカツンとアスファルトを踏みつける。
その距離、10メートル。
ジーンズのポケットに入れていた手を出して。
少しずれたロングニットの肩を直して。
6メートル
財布とジーンズを繋いでいるチェーンを鳴らして。
楽しそうにハラコバッグを揺らして。
3メートル
風でなびいた茶色の髪を押さえる。
耳元で存在を主張するピアスを撫でる。
2メートル
まつげの長い大きな目を二・三度瞬かせて。
スウィートなピンクリップの唇を吊り上げて。
1メートル
天使かと思わせる愛らしい容貌をした二人は出会ってしまった。
この膨大な数の人間が存在する地球で、偶然にも彼らは出会ってしまった。
いや、それは必然だったのか。
彼らは出会ってしまった。
互いの足が、一歩を踏み出す。
0メートル
「男のくせに気持ち悪い格好してんじゃねーよ、この変態」
「他人に自分のコンプレックス見出すなんて情けねぇな、チビ」
こうして彼らの邂逅は果たされてしまったのだった。
(注意:文中の発言はコンプレックスを抱いている椎名が悔しくてしたものであり、差別的な発言ではないことをここに記します)
2003年9月21日