091:ベクトル





「リリー」
かけられた声にリリー・エヴァンズは読んでいた本から顔を上げた。
そして相手を見つめて俄かに破顔する。

「こんな時間まで読書?そろそろ図書館も閉まると思うけど」
「あら、もうそんな時間?」
手元の時計で確認してみればすでに夜は遅く、寮の門限時間まであとわずかというところ。
「寮に戻るなら送ってく」
「ありがとう、
「どういたしまして、愛しのリリー」
社交場の紳士のように手を取って口付けるにリリーはゆったりと微笑んだ。



門限直前ということもあって、廊下を歩く生徒の姿はほとんどない。
ロウソクしか明かりのない夜のホグワーツは少し気味悪いとリリーは思うけれど、隣にいる存在に安心して足を進める。
が隣にいるから、普通にしていられる。
「ねぇ。送ってくれるのは嬉しいけど、あなたは門限に間に合うの?」
「大丈夫。ルシウス先輩は俺に甘いから」
「・・・・・・・・・そうね、確かに」
スリザリンの寮長であるいくつか年上のルシウス・マルフォイを思い返しながらリリーは深くうなずく。
はルシウスのお気に入りとして有名なのだ。そしてまた、あのセブルス・スネイプの親友として。
本人の容姿や成績だけでなく、あらゆる意味でホグワーツでも有名なは面白そうに声をあげて笑った。
「むしろジェームズに怒られちゃうよ。『こんな時間までリリーと何してたんだ!』って」
「そんなことないわ。きっとジェームズのことだから『リリー!こんな時間までと一緒にいたなんてズルイじゃないか!』って言うんじゃないかしら?」
「それはそれは光栄の至り」
二人して笑う声がホグワーツの廊下に響いた。



リリーは知っている。自分の恋人であるジェームズ・ポッターが、を好きだということを。
そしてジェームズ・ポッターが、彼の恋人である自分がを好きだいうことを知っていることを、知っている。
リリーはジェームズが好きだ。
ジェームズもリリーが好きだ。
だが、二人はお互い以上にのことが好きだった。
もしもと恋人が崖にぶら下がっていたら間違いなくのことを助けるだろう。
そのくらいにリリーとジェームズはのことが大切だった。
だからこそ、という点に置いて彼らは恋人同士ではなくライバルなのである。



「ねぇ。私、のことが好きよ」
「うん」
「本当に好きよ。ううん、愛してると言ってもいいかもしれない」
「うん」
「ジェームズとは違った意味で好きよ」
「うん」
「でも私、知ってるの」
「うん」



が愛してるのは私でもジェームズでもなくて、たった一人の人なのよね」



「・・・・・・・・・うん」



判っていたことだった。
判っていることだった。
だってだからこそ自分はに惹かれたのだから。
愛されたくて愛したわけじゃない。
ただ、近くに行きたかっただけ。



「でも」
響いた声に顔を上げて。
隣にいる彼をじっと見つめて。
慈しむような、眼差し。
は儚いとも取れる柔らかな笑みを浮かべて言った。



「俺はリリーのことを、愛しく思ってるよ」



そのときの気持ちをなんて表現すればいいのか。
泣きそうで、でも嬉しくて、切なくて、だけど喜んで。
愛しいと思った。一方通行でいい。もっとずっと愛したいと思った。
手の中の羊皮紙と本をぶちまけて、抱きつくように身を乗り出す。
自分よりも背の高いの首に腕を回して引き寄せた。
視界の隅で、寮の入り口である絵画が開いて、恋人が出てくるのが見えた気がする。
そして何だかものすごい悲鳴も。
だけどそれも全部柔らかい口付けの前では無力と化して。
唇を離して、リリーは笑う。



「愛してるわ、





2003年9月19日