089:ココア
「あっそうだ、聞いて驚くな不二」
いつもよりも弾んだ声で話す佐伯虎次郎に、不二周助は少しだけ意外に思いながら首を傾げた。
「今年の六角中の部長、一年だよ!」
「・・・・・・サエさん」
ボソッとかけられた声に佐伯はパチクリと目を見開いて後ろを振り向いた。
その拍子に不二の位置からも声を発した主が見える。
佐伯と同じ六角中のジャージ。トレードマークのように被っているFILAの帽子。
大柄とは言えない不二よりも15センチ近く低いだろう小柄な身体。
けれどまっすぐに鋭い眼差しは誰にも負けない強さを感じさせて。
「おっ噂をすれば影ってね・・・」
まるで猫を可愛がるかのように佐伯が少年の頭を撫でる。
「不二、コイツがウチの部長。一年の越前リョーマ」
紹介されているのに頭も下げず、リョーマは目の前の相手を見据える。
「リョーマ。こっちは不二周助。青学のシングルス2だよ」
「ふーん。強いの?」
「強いのかってさ、不二」
笑みを湛えるような様子で聞いてくる佐伯に不二はつられるように笑って。
そしてリョーマと目線を合わせるようにして微笑んだ。
「うん、僕は強いよ」
「ふーん」
「君は?シングルスの選手?」
ほんの少しの間でも佐伯がこの後輩をとても可愛がっているということは十分に判った。
少しだけ興味が沸いて尋ねた不二に、リョーマはその大きな瞳を細めて挑戦的に笑う。
「さぁ?試合をお楽しみに」
不敵な笑みに目を見開いた不二の視界の隅で、佐伯が楽しそうに笑っていた。
「サエさん。さっきの人、本当に強いんスか?」
自分たちの集合場所へと戻る途中でリョーマが首を傾げながら尋ねる。
「不二?うーん・・・強いっていうよりは上手い、かな。トリプルカウンターは要注意だよ」
「サエさんと似てるタイプっすね」
「テニスが?」
「性格が」
遠慮なくスパッと言い切った後輩に佐伯は思わず爆笑してしまって。
チラチラと周囲から向けられる視線の中を歩くマイペースが二名。
前方から駆けてくる人影がみるみる大きくなってくるのに気づいてリョーマは顔を上げた。
次の瞬間には目の前に同じ六角中テニス部員の姿。
「遅いよ、リョーマもサエさんも!もうみんな揃ってるんだから」
「だってサエさんが」
「言い訳しない!」
ビシッと言い切られてリョーマはむっと頬を膨らませる。
「剣太郎のバーカ」
「集合時刻を守らないリョーマの方が悪い!」
「だからそれはサエさんが」
テニスの実力はピカイチといえど、やはり子供な二人の言い争いに割って入ったのはようやく爆笑の収まった佐伯だった。
「はいはい。今回は不二と長話してた俺のミス。だからリョーマは悪くないんだよ、剣太郎」
むーっと睨み合っている一年生Sは可愛らしいのだけれども、これ以上集合時間に遅れるわけにもいかない。
「他のみんなは?」
「もう集まってますっ」
「じゃあ行こうか」
不貞腐れたままの後輩を従えながら歩いていくと、見慣れたジャージに身を包んだ集団が見えてきた。
「・・・・・・・・・なんでリョーマと剣太郎はそんなにぶーたれてるのね〜?」
「いち」
「くだらないシャレ言いやがったら蹴るぞ、ダビデ」
わらわらと寄ってくる先輩方相手にもルーキーたちの表情は変わらずに。
黒羽春風は小さく苦笑しながら持っていた小さなカップをリョーマの目の前へとかざした。
「・・・・・・・何スか、コレ」
「ババロア。さっき青学の奴にもらった」
「ふーん。どもっす」
突如振ってきた甘い香りを漂わせる冷菓子にリョーマは大きな目をキラキラとさせて付属のスプーンを受け取る。
パクッと一口食べれば程よい甘さが口に広がって。
「・・・・・・オイシイ」
「そりゃあ良かった」
二口目を舌に乗せようとしてリョーマは隣から向けられている視線に気づいた。
さっきまで言い合いしていた相手が今は捨てられた子犬のような目でこちらを見ていて。
「・・・・・・・・・いる?」
「ありがとうっ!」
パァッと明るい笑顔を浮かべる葵を見ながら、リョーマは「俺もまだまだだね」などと思うのだ。
六角中テニス部は今日もほのぼのとした日常を送っている。
2003年8月27日