085:雪
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。はい、さっさと願い事言って。早く帰んないとが風呂から上がってきちゃうから」
判る人には判る、ちょっと古い台詞と一緒にその人は現れた。
俺たち正レギュラーの人間しかいなかった部室に、瞬きする間もなくその人は現れて、自然な様子で机に座っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
え?あれ・・・?何が、起こってるんだろう。
訳が判らなくて周囲の先輩方を見回すと、みんながみんな目を丸くして突如現れたその人を見つめていた。
「僕の名前は椎名翼。人間じゃなくて魔法使い。一般的に魔法使いは人間と距離をとって暮らしているんだけど、最近魔法界の方でも新たな動きが起こり始めてて、その第一号として魔法省公認『魔法をマグルの人たちにも理解してもらおう!』協会から『人間の願い事をかなえて、魔法使いに良い印象を持ってもらおう』ってことで派遣されてきたわけ。それで?願い事は何? さっさと言ってもらわないと困るんだよね。が帰って来次第人生ゲーム暗黒バージョンを再開しようってことになってるんだから。まったくゲームに関してはばっかり勝っちゃって勝負にならないったらないよ。だからっていつまでも負けていられないしね。今日こそ勝って罰ゲームさせるんだからさ」
用件を的確に述べているけど、このマシンガントークは一体・・・・・・・・・?
本当に、突如現れたその人は飴色の髪を払ってうっとうしそうに言い捨てた。
この状況(=いきなり現れた綺麗な人に演説されている)は、一体何・・・・・・・・・?
確か・・・・・・・・・確か、部活が終わったあと、俺と宍戸さんは居残り練習をしていて。
一時間くらい練習してから部室に戻ってきたら、制服に着替えた先輩方が楽しそうに話をしていた。
明日は部活がないからどっか行こうぜ、って向日先輩が誘って。
久しぶりにお好み焼きが食いたいわぁ、って忍足先輩が同意して。
アイスーって芥川先輩が寝言で呟いて。
でも明日の午後は進路指導会があるから無理だと思うぜ、って宍戸さんが思い出して。
エスカレーターの俺たちにとって無駄以外の何物でもねぇな、って跡部部長が吐き捨てて。
ウスって樺地が頷いて、というか受け流して。
めんどくさーいって向日先輩が顔をゆがめて。
なくならへんかなぁって忍足先輩が笑って。
ビビデバビデブーって芥川先輩が寝言で呟いて。
マハリクマハリタかよって宍戸さんが笑い出して。
魔法使いなんか呼んでどうすんだよ、って跡部部長が鼻で笑って。
ウスって樺地が頷いて、というか受け流して。
ピピルマピピルマプリリンパ・パパレポパパレポドレミンパ・アダルトタッチで魔法使いになーれーって向日先輩が唱えて。
何で初代ミンキーモモやねんって忍足先輩がツッコミを入れて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そう! それでこの人が現れたんだった!!
「今時よくミンキーモモの呪文なんか唱えられたね。しかも初代。これなら絶対に呼ばれないだろうと思って登録しておいたのに、まったくとんだ災難だよ。まぁでもこれでマグル学の自由課題が書けると思えば楽は楽なんだけどね」
その人は心底呆れたように溜息をついて向日先輩と忍足先輩を眺めた。
それにしても・・・・・・・・・跡部部長や先輩方を見慣れている俺でも、思わず見とれてしまうような綺麗な人。
身長は青学の越前君と同じくらいかもしれない。だからか、少しだけ少女的にも見える美貌。
だけどまっすぐに相手を見据える眼の強さが、目の前の人は少年だということをハッキリ証明していた。
黒いマントみたいな服にはライオンと熊と鷲と蛇の紋章が縫い付けられている。
優雅に組まれている足はグレーのズボンで包まれていて、同じ色のベストと、白いワイシャツ。
青と銀色のストライプのネクタイがやけにこの人に似合っていた。
すごくカッコイイのに、とても綺麗なのに。
一体いつの間にこの人はこの机の上に現れたりしたんだろうか・・・・・・・・・?
「と、とうろく・・・・・・・・・?」
向日先輩が訳の判らない様子で、この人の・・・・椎名さん?の言った言葉を繰り返す。
「そうだよ。俺がミンキーモモの初代。はアッコちゃん。不破がクリーミィマミで三上がマジカルエミ、極めつけは笠井のキューティーハニー」
「キューティーハニーは分類がちゃうんやないか・・・・・・・・・?」
「マグル―――――人間にとっては『人間じゃない』って意味で同じだろ」
忍足先輩がスパッと斬られた。外見に似合わず容赦のない・・・・・・。
チラッと横目で見てみると、宍戸さんはあんぐりと大口を開いて、締めようとしていたネクタイを持ったまま椎名さんを見つめている。
その向こうでは、目を少しだけ見開いた状態で停止している跡部部長が見えた。
この二人は何だかんだ言いつつ常識人だから、突然のことに驚いてるんだろう。
っていうか俺も驚いてるんだけどね・・・・・・。(ちなみに芥川先輩は気づかずに眠ったまま)
「それで?願い事は何?さっさと叶えて戻りたいって言ったよね?それともその意味が判んないほど馬鹿だとでも言うんだ?」
「――――――――――俺が馬鹿だと?」
跡部部長の導火線に火がついた。
「てめぇ魔法使いだか何だか知らねぇが不法侵入してんじゃねぇよ。ここは氷帝テニス部の部室だ。部外者は出てけ」
「へぇ、自分たちで呼んでおいて出てけとか言うわけ?まったく嫌になっちゃうね、礼儀のなってない輩は」
「アーン?誰が呼んだって?てめぇが勝手に勘違いして来たんだよ。礼儀のなってないのはどっちだか」
「自ら非を認めないのは見ていて無様に映るから辞めたほうがいいんじゃない?顔でフォロー出来ることにも限界があるんだって知ってる?あぁそっか。馬鹿だから知らないんだ?」
ど、毒舌・・・・・・・・・・・っ!
向日先輩も忍足先輩も宍戸さんもさっきいた場所から五歩遠ざかって顔を青褪めさせている。
もちろんそれは俺も例外じゃなくて。樺地は寝たままの芥川先輩を担いで三歩下がった。
跡部部長と椎名さんを中心に竜巻が起きているみたいだ・・・・・・。
「この二人、激似てやがる・・・・・・」
宍戸さんの呟きに俺たちは何度も首を縦に振るのだった。
冷戦を繰り広げている跡部部長と椎名さんをなんとか宥めて、俺たちは当初の目的に戻ることにした。
って言っても当初の目的って・・・・・・?
「その頭は鶏並みなわけ?願い事を叶えに来たって言ったろ?さっさと言いなよね。でないとが帰ってくるから」
椎名さんは遠慮なく、時計を気にしながら言った。
それにしても、さっきから時々出てくる『』という名前。
一体誰なんだろう。椎名さんの恋人とか・・・・・・?
「なぁなぁ。『』って一体誰なん?」
「俺と同じ寮生。一つ年下。女。そこそこ可愛い。性格に問題あり。勉強できる。運動できる。でも変。それで願い事は?」
本当に容赦ない・・・・・・っ!隣にいる宍戸さんの顔がさっきよりも青褪めて見える・・・。
それでも恋愛映画が大好きらしい忍足先輩はめげずに質問を重ねていく。
「恋人なん?」
「未来のね」
「自信家やなぁ」
「のツボを抑える自信はあるから」
「ツボ・・・・・・?」
「で?願い事は?」
「そのちゃんに会わせてや」
ピクッと椎名さんの眉が不機嫌そうに跳ね上がった。
「・・・・・・・・・・え?っていうか侑士、願い事は『明日の進路指導会を中止にしてもらう』じゃなかったのかよ!?」
「せやかていつかは受けるんやで?ほなこの美少年が惚れこんどる可愛ぇ魔女さんに会うた方がえぇやんか」
「・・・・・・・・・・可愛い、魔女?」
「の可愛さは外見じゃないけどね」
「うん、判った!それでいいっ!」
椎名さんの一言に向日先輩はものすごく楽しみな様子でオッケーを出した。
「樺地と宍戸と鳳もそれでいいよなっ!?」
「ウス」
「・・・・・・・・・・勝手にしてくれ・・・」
「あ、はい。俺はいいですけど」
俺はいいですけど、跡部部長が何て言うか・・・・・・・。
心の声が通じたのか、向日先輩は跡部部長の方を振り向いて。
つまらなさそうにパイプ椅子に座って足を組んでいた跡部部長は、椎名さんを見てニヤッとあまりよろしくない笑みを浮かべた。
「てめぇの選んだ女、楽しませてもらおうじゃねぇか」
・・・・・・・・・・・・・・・・こういうところがなければ、全面的に尊敬できる人なのに。
いまだに寝ている芥川先輩を無視して全員の賛同を得ると、椎名さんは心得たかのように頷いてマントの中から木の棒を一本取り出す。
「一応言っておくけど、はそんじょそこらの女とは訳が違うから。精神崩壊したくなければ余計なことはしない方がいいよ」
物騒なことを言って、椎名さんは何やら呪文を唱えた。
ただの棒だと思っていた杖の先が金色に輝きだして、まるで流れ星みたいに線を描いて。
「――――――――――、来て」
椎名さんが、呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っていうか、もう三分後に喚んでもらいたかったですねぇ」
部室の中にいた人間からは考えられない、少し高めの女の子の声が聞こえて。
真っ白なタオルが・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
真っ白な、タオル?
「っ!!!!!!!悪いっ!ごめん!!今すぐ帰すから――――――っ」
「いや別にいいんですけど。グラビアクィーンまではいきませんけど、やっぱりタダで見せるのは惜しいですから御代とか頂きたいですし」
「だったら俺が後で払ってやるから!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜これ着てろっ!!」
椎名さんがマントを乱暴に脱いで女の子に被せた。ボタンを上から下までピッタリと留めて。
そうすると女の子が巻いていた真っ白なタオルは見えなくなって、その代わりにはだけた裾から素足が少しだけ見えた。
お風呂上りらしい少しだけピンク色した肌は、一瞬だけど、それでも十分すぎるほどに目に焼きついてしまって。
・・・・・・・・・うわ、顔が熱い・・・・。
見れば宍戸さんも向日先輩も忍足先輩も、あの跡部部長まで頬を染めて硬直していた。
だって、いきなり何の前触れもなくバスタオル一枚の女の子が目の前に現れたりしたら・・・・・・・・・。
椎名さんがものすごい目つきで睨んでくる向こうで、守られた態勢で女の子―――さんが言った。
「お一人様につき、人体実験のサンプルとして2回ずつご協力お願いしますね」
それは『御代』じゃなくて『強制』に違いなかった。
手の中に残ったのは「アンケート用紙」と書かれている葉書き。
机の上にはもう誰もいない。部室内を見回しても、いるのは普通に正レギュラーの面々たちだけで。
まるで一時の幻だったかのように、椎名さんとさんは消えていた。
耳に残ってるのは椎名さんの怒りに満ちた声と、さんの―――――――・・・・・・・。
『実験が決まり次第お迎えに上がりますので、遺書を書いて待っていて下さいね』
「・・・・・・・・・・てめぇらが余計なこと願うからだぞ」
跡部部長の怒りと呆れが半分ずつ篭ったような声が響いても、返事を返す人は誰もいない。
さっきの発言を取り消してくれるさんも、椎名さんも。
ただ、手元のアンケート用紙だけが現実だったことを示していて。
「・・・・・・・・・遺書、書かないといけないんでしょうか・・・・・・?」
俺の呟きにも答えを返してくれる人はいなかった。
――――――――――でも。
実験のサンプルとしてでもいいからもう一回会いたいな、なんて言ったら笑いますか?
ねぇ、さん。
というわけで、丁寧にアンケートに答えを記入した俺たちは、帰り道の途中でポストに寄って、みんな揃って投函するのだった。
2003年9月12日