076:彼(或いは彼女)の車





初めて会ったときよりもはるかに美しく成長した姿。
その黒髪に手を添えて。
望むなら何でも与えてやる。



「なら、跡部さんを私にちょうだい?」



微笑んだに苦笑が漏れた。



「誰がやるかよ、バーカ」
「うわ、酷い。何でもくれるって言ったくせに」
年と整った外見に似合わず頬を膨らませるに、俺は苦笑しながら今まで何度も繰り返してきた台詞を言う。
「俺とおまえは同じだろ。『芸能人』にはなれない」
「んー・・・・・・もったいない。跡部さんなら一躍トップになれるのに」
「お互い様だ」
ウィンカーを出して右に曲がる。このまま高速に乗った方が早い。
横浜までなら一時間もかからずにつくだろう。そのまま店に入って、食事、飲み、帰る頃には当然日付も変わるな。
「今日はガキ共は何やってんだ?」
日本に合わせて左側にある助手席に目をやると、窓から入る風に煽られる黒髪が見えて。
その髪も伸びだな、と思う。
「Blossomsはレコーディング中、Bosqueは某歌番組のリハーサル中」
「小早川珠里は?」
「・・・・・・・・・あの人は、ドラマのロケで九州。ちなみに社長も一緒」
「相変わらずだな」
「相変わらずです」
疲れたようにため息をつくを片手で撫でた。
子供みたいな扱いだが、出会ったときが子供だったんだからこれはもう仕方ない。
・・・・・・・・・・まぁ、今は立派な女だけどな。



高速から一般道に下りると一気にざわめきが多くなる。それと、車の量も。
中華街を目の前にして渋滞に引っかかって思わず舌打ちが漏れた。
隣でがクスクスと笑う。
「いいんじゃないですか?まぁ急ぐ必要もないでしょ」
「店の予約に遅れる」
俺の言葉に、は笑っていた声を止めた。
そのまま黒目がちの瞳を丸くして振り返る。
「・・・・・・・・・予約、してくれてたんですか?」
何言ってやがんだ、コイツは。
「俺が何の取り付けもなしにオマエを誘うと思ってんのか?」
「いや・・・・・・えーっと」
顔が本心を語ってやがる。これで業界じゃ切れ者の評判を得てんだからお笑いだな。
ま、がこんな風に素をさらけ出すのは限られたヤツの前でだけだけどよ。
とりあえずレストランに遅れる旨だけは知らせておくか。
「・・・・・・・・・跡部さん」
電話が終わった頃を見計らって、が話しかけてきた。
黒いつややかな髪に雑踏の光が映る。



「ありがとう」



緩やかに上がった唇を、礼代わりのキスで塞いだ。



初めて会ったとき、俺は18では13だった。
どこかのパーティーで、まるでフランス人形のように着せ替えられた子供はまっすぐに俺を見上げて言った。



『ねぇ、あなたを私にちょうだい』、と。



それから俺との関係は始まった。まぁ、仕事で会うのがほとんどだけどな。
どんどん綺麗になっていくコイツを見ているのは楽しい。ましてや、自分がそれに関わってるとなりゃ尚更のこと。
深く唇を合わせながら薄く目を閉じて思う。



なぁ、。おまえ俺のものになれよ。





2003年8月11日