075:春
夏はあまりに忙しいので彼らは春に出現です。
「あはは!英士ってばすごくよく似合ってるよ!うん、僕そっくり!」
「・・・・・・・・・ものすごく嬉しくない賛辞をありがとう、潤慶」
赤と白のソウル選抜のユニフォームに身を纏った郭英士。
ちなみに本来の持ち主である李潤慶は青と水色の東京都選抜のユニフォームを身に纏っていて。
いつもはサラサラの郭の髪はツンツンになっていて、いつもはツンツンの潤慶の髪はサラサラになっている。
さすが従兄弟、見事な入れ替わりようだった。
「功刀、帽子は?」
「あぁ、コレや。汚したりなんぞしたら泣かすぞ」
「・・・・・・・・・気をつける」
「真田のユニフォームってちょっとだけ俺より大きいんだよなー。ズルイ」
「でもほとんど同じ身長だろ?俺と功刀と日生って」
「まぁそうじゃけんな」
真田一馬は九州選抜のユニフォームに身を包み、功刀一は東北選抜のユニフォームを身に纏い、日生光宏は東京都選抜のユニフォームを身につける。
ここはトライアングルで交換が成立していた。
「すげぇ!マジで周防選手のユニフォームじゃん!」
「だろ!?苦労して作ったんだから絶対に汚すなよな!」
「バリうまか!俺も着てみたいっちゃ・・・・・・」
藤代誠二はバンテーラ府中のエースストライカーである周防将大になりきっていて、それを羨ましそうに眺める高山昭栄。
ちなみにそのユニフォームは市販のものではなく、上原淳の手作りである。
あまりにも本物そっくりなそれには周囲からも注目が集まっていて、上原の機嫌は上々だった。
『サッカー』というジャンルで割り振られているスペースにはコスプレしている人が数多い。
けれどその中でも彼らは一際異彩を放っていた。
さすがは中学生・高校生とはいえサッカー選手はサッカー選手。ユニフォームを着ている姿は様になっている。
同ジャンルからは尊敬の目で見られ、その場を完全に占領していた。
このジャンルで知らない者はいないと言われているネット最大規模サイト。
『トレセン1983−1984』
本日、オフライン・イベントデビュー。
「イベント参加は初めてなのでご迷惑をおかけするかと思いますが、本日はどうぞよろしくお願いします」
左右と後ろのサークルに菓子折りを持って挨拶に伺っているのは渋沢克朗。
彼はこのサークルのキャプテンであり、対人関係のチーフでもあった。
「内藤、そのキャンパス曲がってる。右にもうちょい上。伊賀と間宮はペーパーを30枚ずつ束にしておいて。あ、ちなみに四色刷りのヤツはここまで来てくれた人のみの配布だから別にしておくこと」
「・・・・・・・・・椎名、無料配布のうちわって全部で100あるはずだよなぁ?」
「そうだよ。まさかないとか言わないよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2つ、足りない」
「全員動くな!柾輝、直樹、荷物チェック!!」
椎名翼はタイムテーブルと備品リストを片手に指示していて。
内藤孝介はサークルの名前と扱っているジャンルのメイン二人のイラストが描かれた巨大なキャンパスを飾り、伊賀仁吉と間宮茂はペーパーを札束のように数えている。
しかしそれも小岩鉄平から入った報告によって停止させられた。
椎名の命令が飛び、黒川柾輝と井上直樹は身近にいたサークルメンバーの手荷物などからチェックを入れ始める。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・不審者が、二名。
「逃げたぞ!追え!!」
準備ラッシュの時間にご迷惑なレースを繰り広げる『トレセン1983−1984』。
ニッコリ笑いながら周囲に謝罪を述べて場を納めるのは対人関係のサブチーフである杉原多紀の役目だった。
持参したダンボールからB5サイズの本を取り出す。
「えーっと『君がいた夏』と『恋愛進化論』。あとは何だっけ?」
「『You are the one!』だろ。全員合同誌を忘れるなよなぁ」
「そうだった、そうだった。この表紙を書いたのって確か鳴海だろ?うっわ、めちゃくちゃ上手いんだけど!」
「俺もそう思う。なぁ鳴海――――――――――」
若菜結人はそんじょそこらの漫画家も裸足で逃げ出してしまいそうな美しいイラストに感心し。
谷口聖悟がその作者である鳴海貴志を振り向いたが、そのまま見なかったことにして再び黙々と本を並べ始めた。
締め切りギリギリまで根詰めていた鳴海はいまだ仮死状態のようである。
イベントに持参した本は無料配布のコピー本をあわせて全部で四冊。
どれもすべて『トレセン1983−1984』のメンバーが書いたり描いたりしたもので。
活動している人間が多いのだから、その分扱われているCPも多種多様。
これが彼らのサークルが高い人気を誇っている理由の一つだった。
「ラミカードが一枚100円、便箋と封筒のセットが200円、限定のポスターが300円・・・・・・」
本日見込まれる収益を、電卓を叩くこともなく不破大地が計算し続け、そのまま経理簿へと書き込んでいく。
「桜庭、シゲを知らないか?」
「シゲってあの金髪の?アイツならまだ来てないんじゃねーの?」
「また遅刻か・・・・・・っ!」
水野竜也は混み合い過ぎている会場では使えないと知りつつも携帯電話を取り出して。
桜庭雄一郎は準備の進んでいる会場の熱気にやられたのか、パタパタと手で扇いで。
「なぁ、木田。畑は今日は来ないのか?」
「・・・・・・・・・畑は兄貴と別のサークルで参加すると言っていた。そう遠くないところにいると思うが・・・」
「そういえば畑はお兄さんとサイト開いてたからな。じゃあどこかで会えるか」
値段の書かれている紙を貼りつつ小堤健太郎が聞き、微妙にずれたキャンパスを直しながら木田圭介が答えを返す。
彼らの二列向こうでは畑六助と畑五助の兄弟があわただしく開店準備をしていた。
『サッカー』というジャンルも随分と広がったものである。
「渋沢、須釜と山口は?」
「今りんかい線でこちらに向かってるという連絡があった。吉田も佐藤と一緒に来るらしい」
「じゃあ開始には間に合わないね。まぁあいつらの店番は午後だからいいけど」
「そういえばさっき駅前のコンビニで西園寺監督を見たんだが・・・・・・」
渋沢の言葉に椎名はあからさまに顔を歪め、唇を引きつらせる。
「・・・玲なら今日は他のサークルで参加するってさ。記者とか桜上水の女子マネとかと」
「あぁ、朝倉さんとか。あとで挨拶に伺わないとな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・止めといたほうがいいと思うけどね」
18禁小説を売るって言ってたし、と椎名は内心でつけたして。
とりあえず形になったスペースを見て気を引き締める。
場内に一般客入場を告げる鐘の音が響き渡った。
「よし、みんな!今日一日頑張ろう!」
渋沢の掛け声にサークル『トレセン1983−1984』から大きな歓声が上がって。
春の祭典、只今開幕。
ちなみに開始一時間ですべて完売したこの売り上げの三割が肖像権としてと西城敦にむしり取られることを彼らはまだ知らない。
昼過ぎに本人たちが来襲して売り場を氷河期に転送させることも、彼らはまだ知らないのだった。
2003年8月13日