072:朝
聖ルドルフ学園の朝は早い。
――――――――――――――ある一室を除いて。
「オラてめぇらいい加減に起きやがれ!」
ご親切に御大自ら起こしに来て下さった同校テニス部部長、赤澤吉朗の声が響く。
けれどその部屋の住人はそんな大声には慣れてしまったのか、今だベッドから這い上がる気配はなく。
それさえもいつものことと流して、赤澤は容赦なく二段ベッドの下段にいる不二裕太の掛け布団を剥いだ。
突然の寒さに身震いして、裕太がぼんやりと目を開ける。
「さっさと起きろ。メシ食いはぐれるぞ」
ゴシゴシと目を擦る裕太にとりあえず起きたのだと確認して、そしてベッドの上段に向かう。
ここからが勝負だ。
「・・・・・・・・・・おい、リョーマ。起きろ」
「・・・・・・・・・・」
返事、ナシ。
「メシだぞ。今日は朝練がないけど学校はあるんだからさっさと起きろ」
心なしかかける声が優しいのだが、ぼんやりといまだ寝ぼけている裕太はそれに気づかない。
「リョーマ」
ポンポンと布団の上から丸くなっている小さな身体を叩いて。
けれど反応がないのに溜息をついて肩を落とした。
―――――これもすべて、聖ルドルフテニス部寮で毎朝行われている日課である。
ざわざわとテニス部員たちが朝食をとっている食堂に赤澤は現れた。
その斜め後ろにはやはりいまだ寝ぼけている裕太を連れて。
その広い背中にはやはりいまだグッスリとお休み中の越前リョーマを背負って。
どう見ても幼稚園の保父さんにしか見えないのだが、これもいつもの光景なのでテニス部員たちは何の疑いもなく赤澤に挨拶する。
「おはようございます、赤澤部長」
「よぉ」
「おはようございます」
外から見ている分には判り辛いのだが、赤澤はれっきとした聖ルドルフテニス部の部長である。
信頼を寄せられているという点ではおそらく部活内でダントツだし、その気さくな性格にも定評があって。
そんな彼が自ら朝に弱すぎる後輩の面倒を見るのは周囲のテニス部員たちにとって当然のことだった。
「まだ寝てるだーね、この二人!」
「クスクス。いつものことだよ、慎也」
裕太の腕をつついてふらつかせる柳沢と、リョーマの頬をつついて可愛がる木更津に赤澤は軽く溜息をついて。
「・・・・・・本当にこいつらは朝が弱いんだよな・・・」
とりあえず自分の足で歩いている裕太はさておいて、問題は赤澤の背中で熟睡中のリョーマである。
実力は間違いなく聖ルドルフの中でも一番なのに、何故か私生活においては年齢よりも幼く世話のかかるお子様で。
けれどそんなリョーマが可愛いと好評なのも聖ルドルフの中では当然のことであった。
「まだ起きてないんですか、リョーマ君は」
赤澤の背から食卓の席へと下ろされても、いまだ眠り続けるリョーマに観月はじめは呆れとも諦観ともとれる溜息をついて。
正面で今にも机に突っ伏してしまいそうな様子に思わず手を伸ばす。
猫っ毛の黒髪をつまんで、ちょっと強めに引っ張って。
ペシペシとその頬を軽く叩いた。
「リョーマ君、いい加減に起きなさい。朝食どころではなく学校に遅刻しますよ」
観月が頬を叩いて、木更津が髪を梳いて、柳沢が朝ごはんの乗ったトレーを持ってきて。
周囲の微笑ましい視線が向けられている中で、ようやくリョーマの瞼がピクリと反応した。
それを見越して観月が続ける。
「今日はクラブで新しい練習メニューを試すんでしょう?」
この子供が一番興味を示す事柄を挙げて。
ゆるゆると開かれていく瞼に観月だけでなく周囲の部員たちも笑った。
「・・・・・・・・・はよ・・・・・・・・・」
「「「「「おはよう」」」」」
聖ルドルフ学院、テニス部の毎日はこうして始まる。
2003年8月2日