067:夢見心地
「よっばれて・とっびでて・パンプリーン♪」
ものすごく意味の判らない台詞と一緒に、その人物は姿を現した。
机の上に突然現れたものだから手塚部長の書いていた部誌はぐちゃぐちゃに踏まれて足跡がついていた。
あーぁ・・・・・・。
「ハァイ・この度はご指名ありがとうございます! 紙にも新宿にも裏があるように人間界の裏側に住んでいる魔法使いの世界・魔法界魔法省公認『魔法をマグルの人たちにも理解してもらおう!』協会から派遣されましたワタクシ、姓を魔女っ子、名をと申しまぁす! 我が協会はマグル―――すなわち魔法を使うことのない人間の方々に、我々魔法使いの存在を正確に快く理解して頂こうという崇高なモットーに則って運営されております! 人間の皆様は魔法使いといえば白髪で鼻が長く黒いマントで鍋を掻き混ぜているお年を召された女性を想像なさるかもしれませんが、それは実は大きな間違いなのでぇす! いえ、たしかにそのような女性がいらっしゃらないとは申しません!けれど魔法界も人間界と構造に大きな変わりはないのです! ちょっと魔法の使える男女が恋に落ちて、そして愛の結晶である子供を生んで育てて、そして両親と同じような体質であればその子供も魔法使いになるという、まぁ人間界となんら変わらないサイクルをしているのですよ! つまり何を言いたいのかと申しますと、魔法使いにも赤ん坊がいれば就学している青少年もおりますし、未来輝く若者がいますれば日向ぼっこを愛するご老人もいるということなのです! 例を挙げますればワタクシの友人にはそれはそれはブラウン管の中に住まうアイドルもビックリの可愛らしい容姿をした十代半ばの少年がおりますし、一つ流し目を送ればお姉様方を虜に出来るようなデビルスマイルを浮かべる少年もいるのです! もちろん少女とて気が強く、けれど優しく芯の強い美少女から理知的な微笑を浮かべる麗しい女性まで見事なほどに揃っております! ご理解して頂けたでしょうか?そうですか、ご理解して頂けましたか! あぁ、なんと心の広いお方!人間がすべてあなた方のようなお方でしたら、我々魔法使いも魔女狩りなどというものに遭うことはなく皆様と肩を並べてマックかロッテで96円シェイクなど飲むことが出来たでしょうに! あぁ、まったくもって嘆かわしいことです!ハンバーガーも一時期素晴らしく値段が下がって価格破壊か、けれど嬉しいことに違いはないという日々があったのに、そのときに我々魔法使いが人間界では姿を隠し密やかに生活しなければならなかっただなんて! あぁ、本当に悲しい!いやしかしこの涙が明日への希望と繋がるのならばワタクシは苦しみをこらえて次代の若者への道を作ろうではないか! 過去を振り返るのではない!未来への道を切り開くために我々は日々懸命に生きているのだ!ビバ・魔女っ子!」
この息継ぎをどこでしてるんだか判らない滑らかでハイテンションで、見事なまでのセールスは何・・・・・・?
「というわけで、突然お邪魔して申し訳ありません。私、魔女っ子と申します」
机から降り立って頭を下げる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っていうか・・・・・・。
コレ(=目の前に突然現れた意味不明な女)、何・・・・・・・・・・・・・・・?
待て、待て待て。落ち着いて考えろ。
確か俺は部活の後でバァサンに呼ばれて、でもって制服に着替えようと思って部室に帰ってきたら手塚部長と大石副部長が部誌を書いてて。
でもって不二先輩と菊丸先輩がなんか楽しそうに話とかしていて。
桃先輩がもう帰っちゃってたから帰りは歩きだ、なんて考えてて。
明日は雨が降りそうだから部活は中止かな、なんて不二先輩が言って。
大会が近いからそれは痛いな、って大石副部長が苦笑してて。
手塚部長は眉間の皺を増やしながら、でも何にも言わなくって。
菊丸先輩は、てるてる坊主でも作る?とか笑ってて。(っていうかテルテルボウズって何?)
それなら神様にお祈りした方が良いんじゃない?って不二先輩が訳の判んないことを言って。
クシャミしたら大魔王が出てくるんじゃないかって菊丸先輩が笑って。(何でクシャミ?)
魔方陣とか書いてみる?って不二先輩が笑って。
テクマクマヤコン・テクマクマヤコン・魔法使いよ出ておいでーって菊丸先輩が・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
この二人(菊丸先輩&不二先輩)が悪いんじゃん!!!
「っていうかなんでアッコちゃんじゃなくてアクビちゃん・・・・・・・・・?」
「ジェネレーションギャップを埋めようかと思いまして。または異文化コミュニケーションを試みてみました」
菊丸先輩が呟いた言葉にちゃんと返事が返ってくるけど、意味判んないし。
俺、青学に入る直前までアメリカにいたから日本の文化とかってサッパリだしね。
会話から察するに魔法使いの呪文みたいだけど・・・・・・。
じゃあ何?このヒトが最初に言ってた「よっばれて・とっびでて・パンプリーン♪」とかいうのも、もしかして呪文なわけ?
パンプリンってbun-puddingのことじゃないの?よく判んないけど。
っていうか何?このヒト、いつの間に部室に入ってきたわけ?
真っ黒なマントみたいな服。胸のところに外国の紋章みたいな刺繍が入ってる。
ライオンと熊と鷲と蛇?これもさっぱり意味不明。
そのマントの下に着ているのは、これはひょっとしたら普通の制服なのかもしれない。
白いブラウスにグレーのセーターとスカートとソックス。でもって青と銀色のストライプのネクタイ。
身長は俺より少し高い。年齢は同じくらい。顔は特別美少女ってわけじゃないけど、不細工ってわけでもない。
でも絶対に普通じゃない。普通の人間はさっきみたいに訳の判んないセールスなんかしないだろうし。
っていうかいきなり室内に、しかも机の上に現れたりなんかしないし!
「私は先ほど説明しましたように、魔法省公認『魔法をマグルの人たちにも理解してもらおう!』協会から派遣されて参りました。助けを求めているマグルの方々に力をお貸しして、その際に魔法使いに対してプラスの印象を持って頂こうということをモットーに、私たち会員は日々奮闘しているのです」
テキパキとした感じで喋る。ってことはやっぱりさっきのはセールスだったんだ。
まぁでなきゃあんなにスラスラと口が回るとは思わないけどね。もし回るんだったらそれは余程頭と口が回る人間ってことじゃないの?
名前、何だっけ・・・・・・?姓は魔女っ子、名は?偽名もいいトコじゃん。
は今まで自分の立っていた机・・・っていうか部誌を見て、済まなさそうに手塚部長へと頭を下げた。
部長はまだ固まったまんまだし。
「さて、皆様は突然魔法がどうのといわれた所で簡単に信じたりは出来ないかと思います」
部誌を片手に取り上げて、はマントの中へ手を突っ込んで何かを取り出した。
っていうか、どう見てもただの木の棒にしか見えないんだけど・・・・・・。
「さて取り出しましたのは至って普通、何の変哲もないただの棒。しかしこれは我々魔法使いにとってはすべての源とも言える杖なのです」
「・・・・・・杖?これか?」
不二先輩が聞くのに、はまじめな顔で一つうなずく。
「アニメでは星がついていたりメルヘンな色だったりしますけれど、まぁ実際はこんなものなのです。私も初めてこれを見たときはがっかりしましたし」
「俺もがっかりー!」
「ご賛同ありがとうございます」
菊丸先輩の声をサラッと受け流して、は部誌と杖を両手に構えた。
それにしても見事な足跡・・・・・・・・・。
「ではこれから、私が魔法使いであるということを証明して見せましょう。あらやだ、こんなにクッキリついている足跡が」
コン、と杖が部誌の角を軽く叩いて。
見る間に消えていく足跡に俺たちは信じられずに目を見張った。
手塚部長の文字だけが残っている綺麗な部誌に、が満足そうに微笑んで。
「なんと漂白剤も真っ青な白さに。はい、これで元通り。いかがです?私が魔法使いであることを信じる気になって頂けたでしょうか」
手を伸ばして受け取った部誌には、足跡はおろかゴミ一つもついてなくて、部長の几帳面な字だけが書かれている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?
「すごい。本物の魔女っ子なんだ」
不二先輩の表情が心なしか嬉しそうに見える・・・・・・・・・。
「すっごーい!すごいすごいすごいっ!俺、魔法なんて初めて見た!」
菊丸先輩はどこからどうみても興奮してるし・・・・・・・・・。
「て、手塚・・・・・・・・・」
大石先輩は部誌を持ってる手が震えてる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
手塚部長は眉間の皺、すごいし。
まったく。みんなまだまだだね。
「では、協会のモットーに則りまして、皆様の願い事を叶えたいと思います。まぁ私はまだ魔女っ子なので、『世界征服』したいとか言われると核とか持ち出さなきゃ無理なんですよね。でも日本には非核三原則もありますし、というわけで個人レベルの小さなものでお願いします」
このヒト、本当に魔女・・・・・・・・・?
さっきは何をお願いしたいって言ってたんだっけ。たしか。
「・・・・・・明日、雨が降らないように」
――――――――――だったっけ?うん、確かそうだったはず。
俺の呟きにはニコッと笑った。あ、やっぱこのヒト、結構可愛いかも。
なんとなく、性格の不思議さが良い魅力として表面に出てきてる感じ。
「では、明日の天気を晴れにする、ということでよろしいですか?」
「うん、オッケー!」
菊丸先輩が威勢良く返事をする。・・・・・・・・・俺が言ったのに。
「じゃあ今から魔法界に帰って『おてんとうさん万々歳』を作ってきますので、今しばらくお待ちくださいませ。明日の朝には必ず晴れていることをお約束します」
何その『おてんとうさん万々歳』って・・・・・・・・・・。
「天候関係の魔法を呪文で行うには、かなり力のある魔法使いじゃないと無理なんですよ。私くらいの魔女っ子じゃ、薬で操った方が正確ですし」
「・・・・・・・・・明日の朝には、晴れるんだな」
「もちろんです。でなかったら協会からバイト代がもらえませんから。必死でやらせて頂きます」
そう、バイトなんだ・・・・・・・・・。
ふーん、バイト・・・・・・。魔法使いもバイト・・・・・・・・・。
「というわけで、もしよろしければ明日にでもこちらのアンケートにご記入して、お手数ですがポストに投函していただけますでしょうか」
そう言って俺たち一人一人に渡されたのは、機械的に印刷されてるようなアンケート用紙。
1・あなたは魔法というものを知っていましたか?
2・今回魔法使いに出会ってみて印象はいかがでしたか?
3・今回、どんな願いをしましたか?
以下エトセトラ。
見れば切手を貼らなくても投函できるようなタイプだし。
今頃になって本物の魔法使いなのか、また怪しくなってきたよ・・・・・・。
「最近は魔法界もデジタル化してるんですよねぇ」
はITがどうとか言って笑った。
「あ、それとこれは個人的になんですが、もしお困りになったときはこちらの番号にお電話下さい。私の及ぶ範囲でしたら力になりますので」
渡されたのは名刺みたいな紙。
『お困りのときはいつでもどうぞ☆魔女っ子相談室へ』
そんな言葉とともに電話番号みたいな数字が書かれている。
「そこへ電話をかければ怪しい相手に繋がりますから、私の名前と『相談がある』という言葉を仰って下さい。そうすると無事に私に繋がりますので。猫探しから殺人まで何でもご相談承ります。もちろんそれなりのお代は頂きますけれど」
は可愛い顔してサラリと怖いことを言った。
「お代ってお金?」
菊丸先輩はさっきのの発言に気づいていないのか、授業中みたいに手を挙げて質問する。
相変わらずは営業用の笑顔だし。
「いえ、魔法界と人間界では通貨が違いますから。なんてことを言いながらもお金とか要求するかもしれないんですけれど、むしろ私としては実験に協力して頂きたいんですよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・実験?」
固まりきったような手塚部長の声にも、はニコッと笑ったまま頷いた。
「はい、実験です。大丈夫ですよ、ちょっと猫耳が生えたり、もしかしたら透明人間になれたり、小人になったりするだけですから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失敗した場合は」
「聞きたいんですか?」
手塚部長とじゃバトルにもならない。まだまだだね。
「で、でも人体実験は魔法界じゃ違法とかにはならないのかい・・・・・・?」
大石副部長がどもりながらも尋ねると、は微妙に困ったような顔をして。
「裏工作は得意ですから」
ほんっと勝負にならないし!
短い間でも判った。はかなり手強い。ひょっとしたら不二先輩以上かもしれない。
そんなことを考えながら隣を見てみれば、不二先輩はいつも以上にニコニコ笑いながら携帯電話にの電話番号を入力してるし。
あぁもう・・・・・・なんか疲れた。
「それじゃあ今日のところは失礼いたします。明日の朝をどうぞお楽しみに」
「よろしく、!」
「よろしくね、。期待してるから」
菊丸先輩と不二先輩の言葉には笑って、そして消えた。
文字通り、瞬きもしてないのに一瞬で消えた。
魔法使いのにとっては普通かもしれないことに目を丸くした俺たちと、手の中にあるアンケートと名刺だけがその場に残って。
何度目をこすってもやっぱりはいないし、部誌は踏み跡も残ってないし、でも手の中には確かな紙の感触があるし。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺もまだまだだね。
夜はバケツを引っくり返したみたいに土砂降りだった雨は、翌朝には何故か青空に変わっていた。
しかも使えないと思っていたテニスコートは綺麗なまでに雨露一粒も残っていない。
アフターサービスかな、なんて思う俺の後ろで、手塚部長は眉間に皺を寄せながらアンケート用紙に記入していた。
大石副部長は信じられなさそうに、でも嬉しそうに。菊丸先輩と不二先輩は心底楽しそうにアンケートを書いていて。
・・・・・・・・・俺もあとで書いてポストに出しとこうっと。
名刺はとりあえず、失くさないように財布に入れておくとして。
ラケットを持っていつもと変わらない様子のコートに足を踏み入れた。
うん、そうだね。
みたいな魔法使いだったらマックで一緒にシェイク飲んでもいいかも。
そのときにはポテトも奢ってあげるからさ、また来なよね。
待ってるから。
2003年9月11日