062:優しい体温
表情にはおくびにも出さないが、イルミ=ゾルディックはそのとき確かに困っていた。
右手には茶色の太ったクマのぬいぐるみ。
左手は、空。
――――――――――そう、空なのである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・迷子・・・・・・?」
ここしばらくずっと腕の中にいた温かい体がいない。
イルミはポツリと呟いた後で人気の多い路地へと足を向けた。
本人は気づいていないようだけれど、常よりも少しだけ早足で。
請け負った仕事のときに偶然知り合った小さな少女。
その彼女に依頼された仕事はすでに完了した。
ならば何故今も共に行動をしているのだろうか。
行く当てを失くしてしまった少女と、ときどき家から無線で指示される依頼をこなしながら。
街から街へ転々と。
意味もない無駄な時間を過ごしているとイルミは思う。
けれど、それもいい。
しかしここ一年近く家に帰っていないので、最近ではしつこく連絡を受けて辟易している。
やはり一度戻っておくべきか。
そしてまた出かければいい。
そのときはきっと快く送り出してくれる。
きっと家族の誰もがのことを気に入るだろうから。
類まれな念能力を持つ少女。
その身体はまだ小さく幼く、握りこめば折れてしまいそうなくらい細い。
けれどその内に秘められた力は何物にも変えがたくて。
すべての動きを封じる“神の掌”
与えられた呪詛を除く“神の慈悲”
――――――――――そして
取り除いた力を他の者に与える“神の施し”
貰うのは後でいいと伸ばしに伸ばしていた依頼料を受け取るには、家族と相談しなくてはいけないとか何とか言って。
を実家に連れて行って、家族のみんなに紹介して。
きっと父も母も少女を気に入る。
そうしたら、ずっと共にいられる。
そう、それがいい。
右腕のぬいぐるみだけじゃ慣れてしまった重みには足らなくて。
イルミはさらにスピードを上げて路地を歩いた。
あの、淡い銀色の髪を捜しながら。
この気持ちになんて名付ければいいのか、彼はまだ知らない。
2003年7月21日