061:ビタミンC
カリカリとシャーペンの書き込む音のする図書室で、猫湖檜は困ったように呟いた。
「・・・・・・数列1,2,3,・・・,nにおいて、隣接する2数の積の総和を求めよ・・・・・・・・・?」
小さな小さな呟きの後、困ったようにシャーペンを動かしては止めて、消しゴムで消しては書いて。
それを数分繰り返しているの見た後で、彼は読んでいた本から視線を動かさずに告げる。
「この場合のkの範囲は1からnまでじゃない。n−1まで」
「・・・・・・・・・あ」
気がついたような声が上がって、そのままシャーペンが滑らかに動き続けて。
ふぅ、と肩を落として檜が顔を上げる。
「・・・・・・・・・ありがと、猿野君・・・・・・」
小さなお礼の猿野天国は視線を上げて笑った。
「どーいたしまして」
テスト前のこの時期になると、いつもは閑散としている図書室も人で賑わうようになってくる。
そんな中で天国は常連の権利を駆使して奥の静まった特等席を確保していた。
そこに現れた、小柄な少女。
手に持っていたのは少女の苦手な数学の教科書と問題集で。
直接自分に頼みに来る度胸の良さを気に入って相席を許した。
そして今、こうして天国は檜に勉強を教えているのである。
「和の公式は全部覚えたか?これは今回のテスト範囲で必須だから自由に使えるようにしとけよ」
そう言って反対側から教科書を指差す。
檜はそれにコクコクと頷いて蛍光ペンを走らせた。
「あとこっちの演習もチェックな。あの教師の好みからして八割の確率で出るから」
少し骨ばった指に見とれながらも同じように蛍光ペンでラインを引く。
天国は教科書をペラペラとめくって、そして出そうな問題だけチェックしていく。
その横顔に、檜は思わず見とれた。
綺麗な、綺麗な人。
魅せられて虜にされてしまうような男の人。
胸が高鳴って、見ていられなくなって、小さく俯く。
常よりはうるさいはずの図書室が、何故だかひどく静かに感じられて。
ドキドキと心臓の音が、血液を流れる音が体中に響く。
隣の席に置いておいたぬいぐるみの腕を、キュッと握り締めた。
―――――――――――――でも。
「檜」
発せられた声に逆らうことなんて出来なくて。
ましてやそれが自分の名前を呼んでくれたのなら尚更。
逸る胸を押さえて、顔を上げて。
視線があって、心をすべて奪われて。
吐息が漏れる。
「今度の数学のテストでいい点取れたらご褒美やるよ。・・・・・・・・・楽しみにしとけ?」
綺麗な顔で甘く笑って。
少しだけ酸っぱく感じるのはきっと恋心の所為。
真っ赤になる頬を押さえて、檜は頷いた。
・・・・・・あぁ、テスト頑張ろう。
2003年8月18日