056:ハルシオン
精霊廷のちょうど中央。
あからさまに植栽されたと判る木々が芝の上に影を作っている。
その視界に不自然な物体を見止めた気がして、朽木白哉は足を止めた。
周囲を囲むどの廊下からも見えないような位置に、それはいた。
知らず無表情に程近い白哉の顔が歪む。
黒装束に白い肌。
高く結わいた長い黒髪。
幼さを残し、けれど色艶やかな美観。
一番隊隊長・
当然のことながら相手の寝姿を見るのは初めてだと白哉は思った。
その腕前と土付かずの任務成功率を持っている割に会議などに遅れることの多い一番隊隊長。
そんな彼女を起こしに行くのは、いつも三番隊隊長である市丸ギンの役目だったから。
もしこうして自分がいま彼の役目を奪っているのが知れたら、きっと抜刀どころの騒ぎではないのだろう。
彼の彼女への執着は並大抵のものではないから。
それだけのものが、この目の前の存在にはある。
片膝をついて、影に同ずる。
自分と同じ色をしている髪に手を伸ばしかけて、止めた。
その、ひどくあどけない寝顔に目を奪われて。
戦場や議場での凛とした姿しか見たことがなかったから、余計に。
伏せられた瞼。
薄く開かれた唇。
触れても、良いのだろうか
「兄様」
突然かけられた声に白哉は肩を揺らした。
そしてそれは常に沈着冷静を行く彼らしくもない、あからさまな失態だった。
振り向けば、こちらへと歩いてくる小柄な影。
黒装束に背負う刀。死神の一般的な模範服。
けれどこの世界で白哉を『兄』と呼ぶのは一人しかいない。
名を呼びかけて、けれどその唇は意味を成さなかった。
ルキアはそんな彼を素通りして、芝へとしゃがみこむ。
そして。
「さん」
いとも簡単に、手を伸ばした。
緩やかに肩を揺らして。
その横顔に甘い笑みを浮かべて。
柔らかい声が、意識を引き上げる。
――――――――――白哉の見ている前で。
「・・・・・・・・・・るきぁ・・・・・・?」
「はい。こんなところでお休みになられると風邪を引かれますよ?」
「・・・てぇ・・・・・・・ねむ・・・・・・・」
「もう、さんったら」
目を擦る姿に微笑んで、髪についた草を丁寧に取り去る。
伸ばされたその手がひどく優しくて、白哉は小さく息を呑んだ。
見たことのない『妹』がここにいる。
そしてまた、見たことのない一番隊隊長が。
初めて見る、が。
少し乱れた髪をルキアが整えて。
寝ている間も握って放さなかった刀を両手に持って。
ゆるりと、瞼を閉じる。
そして開かれた瞳に映るのは、鋭く眩しい――――――――――輝き。
誇らしげに笑うルキアに微笑んで。
隣に立ち尽くしていた白哉を見上げて小さく笑う。
「議会に遅れる。行こう、六番隊隊長」
軽く腕を叩かれてようやく意識を戻した。
目の前にいるのは、間違いなく『一番隊隊長・』。
では、さっきまでのは―――――――――・・・・・・・・・・。
「いってらっしゃいませ」
後ろからかけられた声は自分へ向けたものではないことにも気がついた。
前を歩く姿を追う。
彼女の中に、先ほどまでの素顔はなかった。
2003年8月2日