054:ピーターパンシンドローム





そのボールは、ほんの少しだけ弧を描いてネットに収まった。



ポンポン、と白と黒のボールが転がる。
思わず息を呑むようにしてそれを見下ろして、渋沢は空手のグローブを見つめる。
―――――掴んだと、思ったのに。
ドンっと背中に衝撃を感じて振り向くと、目線より少し下に満面の笑顔が見えた。
「渋沢っ!今の、今のちょっとカーブかかってた!?かかってたよな!?」
「・・・・・・・・・
「かかってたよなっ!?」
嬉しそうな笑みを前に渋沢は今のシュートを思い返す。
止めたと思ったのに、指先を掠めて逃げたボール。
そう、あれは確かにカーブ回転だった。
「・・・・・・止めたと思ったんだけどなぁ」
苦笑する渋沢とは反対にはとても嬉しそうに拳を握り締めて。
「やった!ここんとこ渋沢に止められてばっかだったから練習したんだよっ!」
「でも勝ち負けは同じくらいだろう?」
「まぁな。でも渋沢はさいきんすごく上手くなってるし、負けたくないからさ!」
「俺もには負けられないな」
拾い上げたボールを一撫でしてからへと渡す。
ペナルティーエリアのラインまで戻っていく姿に目を細めた。
ボールが地面に置かれると同時に、低く構える。
――――――――――今度こそ、止めるために。



夕日で真っ赤に染まったグラウンド。
周囲で遊んでいた同級生たちが帰るのにあわせて、渋沢ともゲームを止めて校門を出た。
ドリブルしたがるからボールを取り上げて、片腕で包みながら並んで歩く。
「今度の日曜はとなりの瀬田小学校と試合だって先生が言ってたよ」
「え、マジで?あーでも俺と渋沢は出られるか分からないかぁ。六年生や五年生が出るだろうし」
「先生は実力でえらぶって言ってたけどな」
「じゃあ出られるかも」
楽しそうに笑うに渋沢も笑う。
二人はまだ四年生だからゲームに出してもらえることは少ない。
実力だけなら間違いなく、この小学校でも一番であるというのに。
「あーあ、瀬田小はいいよなぁ。だってあそこ三年生がレギュラーだって言うじゃん」
「上手いからって言えばそれまでだけど、たしかにうらやましいな」
「でもクラブチームに入るつもりはないし。中学はどこかサッカーの強いところがいいけどさ」
「武蔵森とか?あそこは強いらしいぞ」
「渋沢はそこにするのか?」
「まだ分からない。二年も先のことだし」
でも、と付け加えて。
振り向いて笑う。
「これからもと同じチームでプレーしたいな」
夕焼けと同じ色に顔を染めて、二人して互いの肩を叩きあって笑う。
「俺も。渋沢と同じチームがいいな」
「中学で全国せいはして、そのまま高校にあがって」
「高校で全国せいはして、プロからスカウトがきて」
「Jリーグで優勝して、日本代表にえらばれて」
「そしてワールドカップで日本優勝!」
壮大な夢を描いて、でもそれを目指す仲間がいるから頑張れる。
どこのチームがいいとか、どんな選手になるんだとか、夢をお互いに語り合って。
その際にが小さく咳を漏らしたのに気づいて、渋沢は手を伸ばして背中をさすった。
「へいきか?」
「・・・・・・・・・ん、へいき」
「ここのところ多いな」
「風邪、ひいたのかも」
「気をつけろよ、日曜は試合なんだから」
「んー」
左胸を撫でるに手を振って、道を分かれた。
また同じフィールドに立てると信じて。
何の不思議も心配もなく、一緒にサッカーを出来ると信じて。



けれど日曜日、がグラウンドに姿を現すことはなかった。



月曜日に急な転校を知らされて、渋沢は愕然とするしかなかった。
――――――――――夢は潰えたのである。



そして彼らが再会できる日は、ついに来なかった。





2003年7月23日