050:禁断の果実
目の前で十人近くいたっぽい男たちが崩れていく。
それも血は流れずに、ただ本当に糸が切れた人形みたいに倒れていくだけで。
うっわ・・・・・・なんか亜久津とは正反対の戦い方だ。
流れるようにとでも言うのか、無駄のない動き。踊ってるみたいにさえ見えて。
全員を沈めるのに三分もかからなかったかもしれない。
白い学ランのその人は、軽く袖口を払いながら振り向いて言った。
「・・・・・・怪我はない?」
めっちゃくちゃ美人なその人の言葉に私はただ何度も何度も頷いたのだった。
白い学ランに黒い髪。細身のシルバーフレームの眼鏡。まるで人形のように綺麗に整った顔。
これで銀色の指輪ときたら当てはまるのは一人しかいないし!
―――――――――――ぎゃあああああああああああああ!!!助けて、キヨっ!!
いや別に助けてもらう必要があるわけじゃないけど、でも心の準備もしてない内に会っていい人じゃないんだよっ!
このっ――――――――――――――『山吹の覇者』はっ!!
「俺は山吹中の。一応『山吹の覇者』を襲名してる」
キラキラと輝く紋所のような指輪・・・・・・・。
紹介してもらわなくても大丈夫っす。もう見ただけで普通のお人じゃないことは判るしな・・・・・・。
「名前と学校名を教えてもらえる?」
「・・・・・・・・・青学二年、です」
「あぁ、あの」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
今の、何!?『あぁ、あの』って何!?
つーか誰だよ!?誰が覇者様のお耳に私のことなんて入れやがったんだよ!
ちくしょう、誰だ!?一応『青学の三強』の魔王か!?それとも『氷帝の帝王』の跡部か!?
いやそれよりも『山吹の覇者』の側近を務めてるキヨが一番確率高いし!あぁもう誰だよ!?心当たりが多すぎて判らねぇっ!
「ごめん。悪い意味じゃないから気にしないで。聞いてたとおり綺麗な子だと思っただけだから」
覇者様の操る言葉は日本語じゃないらしい。
なんか、今、ものすごく変な言葉が聞こえたような・・・・・・・・・。
こういうときは話題を変えるに限る!
「あ、あああああああああああああの、た、助けて頂いてありがとうございましたっ!」
「どういたしまして。いくら腕に覚えがあるといっても十人相手にするのは無理だよ。あぁいうときは適当に逃げた方がいい」
「はい・・・・・・」
事の発端は二人の女の子が四人くらいの男にナンパされてたことだった。
女の子たちは当然嫌がっていて、で、そこに私が割って入った。
女の子たちを逃がすのには成功したんだけど、まさか路地裏にお仲間がいようとはなぁ・・・・・・・。
とりあえずは女の子たちが近くにいた人に助けを求めてくれたから助かったけど。
その相手が『山吹の覇者』だなんて・・・・・・!
私、向こう一年の幸運を使い果たしたかもしれない・・・・・・・・・・。
そんな私の運気など知らずに(そりゃ知らないだろう)、覇者様は沈めた男たちから財布などを見繕って身元を確認している。
「青学と氷帝か・・・・・・。後で御仕置きだな、手塚たちと跡部は」
覇者様だから何でもありっす!むしろ喜んで、是非とも魔王と跡部を!
わーい、ざまぁみろ!
覇者様は噂通り・・・・・・いや、むしろ噂以上に綺麗な人だった。
なんていうか、容姿だけでも極上だろうに、まとってる雰囲気がそれに輪をかけて綺麗に見せている。
おいおいおい・・・・・・男でここまで綺麗っていうのはありなのか・・・・・・?何か、完璧負けてるんですけど。
まぁいいけどさ、覇者様に勝とうだなんて思わないし。ピヨじゃないから下克上する気もないし。
「さんにはうちのキヨがいつもお世話になってます」
覇者様がまるで駄々っ子を持つ奥様のように頭を下げた。
硬質な雰囲気がやわらかくなって、そんな動作一つでもこの人はやっぱり『山吹の覇者』なんだと判らせられる。
「いえ、そんなこちらこそ」
「跡部と不二もワガママ言ってるみたいだしね。同じ統治者として申し訳ない」
「いや、いやいやいやいや。覇者様に謝って頂くようなことではありませんし!」
「何かあったらいつでも言って。あいつら二人くらいなら止められるから」
神様だ、この人は・・・・・・・・・っ!!!
あぁどうしよう!今すぐ組織『山吹』の傘下に入りたい!つーか入るよ!転校届けを探さなくてはっ!
・・・・・・・・・でも組織『山吹』って男子校と女子校ばっかりだったような・・・・・・。
男子校にはやっぱり一応入れないだろうし、女子校に入ったら何か墓穴掘りそうだし・・・。
は、覇者様が遠い・・・・・・っ!
ガックリと肩を落としていたら、クスクスと軽い笑い声が聞こえてきて。
そっと顔を上げると、目の前に白い紙切れ。その向こうに楽しそうな覇者様の顔。
あぁ・・・・・・・・・この人、マジで綺麗だ。
「これ、俺の携帯番号とメールアドレス。直通だから遠慮しなくていいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・直通の方が遠慮するんですけど・・・・・・」
「SOSよりかはデートのお誘いの方が嬉しいな」
紅い唇が楽しそうに弧を描いて。
白い肌、黒い髪、シルバーのフレーム。
触れてはいけないと思わせるような清廉さ。
そしてそれは息を呑んでしまうほどの色艶と共に。
「こんな綺麗な女の子をナンパ仲間にするだなんて、まったく跡部は何考えてるんだか」
まるでスローモーションのように伸びてきた手を拒もうだなんて考えは一瞬たりとも浮かばなくて。
手が頬に触れた次の瞬間、唇に感じた甘い感触。
キスされたんだと判ったのは、目の前の相手の瞳に自分の顔が映ったときだった。
覇者様はキスが上手い。――――――――――――じゃなくてっ!
うわ、うわ、ちょ、ど、どうしよう!?本気でどうしよう・・・・・・っ!
こ、このままじゃ私は死ぬ。確実に死ぬ!魔王と跡部とキヨと・・・あぁもう思いつく限りの奴らがみんな覇者様ファンってどういうことだ!!
そりゃ覇者様が素敵なのは判るさ!麗しき美貌と類まれな実力とキスが上手いとくれば誰だって惚れるだろうよ!!
「心配しなくてもさんに危害を加えさせるつもりはないから」
微笑する顔がやっぱり綺麗で見とれかけて、ハッとする。
「だ、黙ってれば判らないですよね・・・・・・?」
「おそらくは。後は敵の情報網と執念の問題だな」
「――――――――――っ!!」
「そんなに心配しなくていいよ」
覇者様はまるでお日様のように温かい笑顔で言ってくださった。
「守るのは、俺の仕事だからね」
その後、自宅に帰ってから一番に電話をかけた。
『はいもしもし?どしたの、ちゃん』
「キヨ。あのさ、覇者様ファンクラブに入りたいんだけど」
『あ、オッケーオッケー。むしろよろこんで入会プリーズ!』
「アドレスを登録するとメルマガもらえて、あと月に一度の会報があるんだっけ?」
『そう。一応入会にあたっての説明もあるし、明日の放課後とか空いてる?』
「オッケー、空いてる」
『じゃあ駅前のマックで。それにしてもどしたの、ちゃん。いきなりのファンクラブに入りたいだなんて』
「・・・・・・・・・・いや、ちょっと、覇者様の活動を聞いて感激して。学校が青学だから組織『山吹』には入れないから、せめてファンクラブだけでもと思って」
『そっかー。まぁファンクラブは組織関係なく入会できるからね。跡部君とか不二君とかはその筆頭だし』
「・・・・・・・・・」
私はこの日、誓った。
今日あったことは死んでも話さない、と!
携帯電話のシークレットアドレスにある一件の登録を見ながら何度も頷く。
どうか覇者様のご威光が私を守ってくれますように!
2003年8月31日