049:私をあげる
今しがた、扉から出て行った華奢な後ろ姿を眺めながら。
脳内で親友の声が甦る。
あれは確か、六年生の頃だった。
『リーマス、君は好きな子はいないのかい?』
明るくて強い、親友の声。今はもう聞くことは出来ないけれど。
あの時と同じ答えを今、もう一度返すよ。
「・・・・・・いるよ、ジェームズ」
やっと出逢えた。
「・・・・・・いるよ、ジェームズ」
僕がそう答えたことが余程意外だったのか、シリウスやピーターだけでなく、聞いてきた当のジェームズまで目を丸くした。
あ、マグカップからコーヒーが零れてるよ。ピーターはまたレポートのやり直しだね・・・。
「ム、ムムムムムムムムムムムーニー君・・・・・・・・・・・?」
「なんだい、プロングス」
そんなにどもって。
「い、今君は『いるよ』と答えたかい・・・・・・?」
「うん、答えたけど」
耳が遠くなるにはまだ早いと思うよ、ジェームズ。
シリウスも大口を開けてるし。女生徒に大人気の顔がマヌケ面になってるよ?
「そ、それは僕の『好きな子はいないのかい?』に対する答えと受け取ってもいいんだね?」
「そのつもりで僕は答えたんだけど」
「それは家族や友人に対する親愛の情などではなく、一人の女性に向ける恋愛の情ということだね!?」
「うん、一応そのつもりだけど」
再度呆気に取られて大口を開けるジェームズたちに僕は思わず苦笑してしまって。
「・・・・・・そんなに可笑しいかな」
僕に、特別に好きな女の子がいるなんて。
確かに僕自身もとても不思議に思っているんだけど、ジェームズは何だか嬉しそうに笑って否定してくれた。
「いや、可笑しいなんてことはないさ、リーマス。とても喜ばしいことだよ」
「・・・・・・ありがとう」
「ただ、どうして僕らに言ってくれなかったんだろうと思ってね」
「・・・・・・・・・・・・」
しまった。ジェームズの目がキラリと光ったのを見て反射的に思った。
これは、遊ばれる―――――と。
シリウスとピーターはまだ大口を開けて驚いている。
「つまりムーニー君は『一度会っただけの女の子のことが気になって気になって夜も眠れない!』というわけだ」
「いや、夜は眠れてるけど」
「恋とはそういうものなのだよ、ムーニー君!」
ウンウンと満足そうにジェームズが頷きを繰り返す。
何だかずいぶんとジェームズのテンションが上がってる気がする・・・・・・。
どことなく引き気味で話を聞いていたシリウスが不思議そうに首を傾げた。
「でもホグワーツにいる女なら探し出すことは出来るんじゃねーの?」
「・・・・・・・・・彼女はホグワーツの生徒じゃないから」
少しだけ言葉を端折った。
「そうか、それは残念。せっかくリーマスの心を射止めた少女に会ってみたかったのに」
肩を落としたジェームズに内心で呟く。
――――――――――会っているよ、と。
ジェームズとシリウスはに会っているんだよ。ただ、忘れさせられてしまっただけで。
ジェームズとシリウスと僕と。
急に現れて、信じられないような話をして、消えていった彼女。
覚えているのは僕一人だけ。
それはおそらく、彼女が魔法をかけていったから。
未来のホグワーツ日本校の生徒である彼女が、ジェームズとシリウスに忘却術をかけていったから。
内心で言葉を付け足しながら思う。
知っているはずなのに、それを知らない人に話すのは何だか不思議な感じだ。
僕の中のの存在がイメージのように思い出されては消えていく。
それでも忘れられない、忘れることの出来ない少女。
「どんな子なんだい?その・とは」
やっぱりもう一度苦笑して僕は話し出す。
「僕たちより一つ年下かな。東洋系らしい顔立ちの可愛らしい子だよ」
「性格は?」
「・・・・・・・・・ものすごく、素敵かな」
わざとではないのだけれど、不自然な間が空いてしまった。
あぁ、ジェームズとシリウスが変な顔をしてる。(ピーターは話の流れについて来れてないみたい)
「一言で表せるような性格じゃないんだ。あ、もちろん良い意味でだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・それはどうなんだよ・・・・・・」
「シリウスにとってがどうかは判らないけど、僕は彼女に救われたよ」
だから、それだけで十分。
ジェームズはやっぱり嬉しそうに笑って、シリウスも納得したように笑った。(ピーターはやっぱりついて来れてないみたいだった)
僕の記憶にしか存在しない。
でも確かに覚えている。
僕に、かけてくれた言葉。
触れてくれた手。
聞いてくれた話。
癒された、心。
どうしても欠けていたピースを僕に与えてくれた人。
ずっと一生忘れない。
思い出すだけで身体中に甦る。
与えられた、温もり。
求めていた、愛。
白い、肌。
震えていた、僕の手。
すべてが今も鮮明に。
・は、やっぱり僕にとって忘れられない特別な人。
「・・・・・・・・・いつか」
呟いた言葉にジェームズとシリウスが振り向いた。
「いつか、紹介できると思うよ」
「おや、リーマス。ずいぶんと強気な発言じゃないか」
「恋人に出来たなら会ってやってもいいぜ」
笑う二人に僕も笑って。
「みんなもいつか会えると思うよ、に」
どのぐらい未来の話になるか判らないけれど、もう一度。
会いたいと願うよ。
もう一度、会いたいと祈るよ。
懐かしい記憶が一気にあふれてきて思わず目頭を押さえる。
「・・・・・・結局、ジェームズには紹介できなかったなぁ」
きっととジェームズはとても気が合って仲良くなれたと思うのに。
先ほど部屋から出て行ったばかりの少女を思い出して小さく笑う。
「シリウスはやっぱりオモチャ扱いになっちゃったね」
黒犬と戯れて一方的に遊ぶを思い返してやっぱり笑う。
涙目になっているシリウスが楽しかったのは、ここだけの秘密。
まさか本当に再会できるとは思ってなかった。
考えていたのとは、かなり違った未来だけれども。
「ずいぶんと年の差も開いちゃったしねぇ・・・・・・」
教師である自分と、生徒であると。
それでも思っていたとおり、変わらなかった。
・は、やっぱり僕にとって愛することの出来る唯一の女性。
「とりあえずは・・・・・・『ありえないとも言い切れない』可能性を少しずつ上げていこうかな」
先ほどのやり取りを思い返しながら考える。
は『問題は自分にある』と言った。
おそらく、あれは本当。彼女は何かしらをその内に秘めている。
それはもしかしたら世界を揺るがす闇かもしれない。恐怖をもたらす力かもしれない。
だけど、それもすべて・の一部なら。
「愛してるよ、」
病んでいた僕を救ってくれた君のために、今度は僕が何かしたいんだ。
出来うる限りの全てをもって、愛しい君のために。
決意を固めて僕は笑った。
私を、あげる。
2003年8月17日