047:青空教室
「なぁ・・・・・・・向日ってさぁ・・・・・・・・・」
「何だよ?」
「・・・・・・彼女とかっている?」
「『とか』って何」
「・・・・・・じゃあ彼女。いる?」
「いるよ。スッゲー好きな奴」
ハッキリと言い切った向日岳人。
それを見て菊丸英二は驚いたように目を丸くした。
ハァァァァァと大きな溜息をつく菊丸に向日は整った眉を微妙にしかめる。
「何だよ。俺に彼女がいちゃいけないのかよ」
「んー・・・・・・いや、いけないわけじゃないけど、何か意外ってーの?」
正直に感想を述べて菊丸が続ける。
「向日ってなんとなく、好きな子がいても告白とか出来ないで片思いしてるタイプかと思ってた」
「何だよ、ソレ」
唇を尖らせて文句を言いつつも、確かに自分から告白したわけではないのであまり強く言えない。
そんな向日の心情など知ってか知らずか―――おそらく100%知らないだろうが―――菊丸が興味津々と言った顔で身を乗り出してくる。
「で?で?どんな子?可愛い?」
「可愛いっつーか・・・・・・・・・」
「キレイ?」
「・・・うん、どっちかっつーとそうかな」
頷きながら向日は恋人の顔を思い出す。
肩までの黒髪と、可愛らしく整った顔。
黙っていれば愛らしい美少女にしか見えない彼女は、決してそれだけの女の子ではない。
―――――あの、瞳。
すべてを眩しいくらいの輝きに染め上げる、あの眼。
見つめられるたびに、いつも思う。
恋人であるに、恥じないでいられる自分でいたい。
「・・・・・・・・・告白は、俺からじゃなくてからだった」
ポツリと呟いた向日に菊丸は思わず口を開きかけて、けれど次の言葉を待って大人しく噤む。
手の中のペットボトルのドリンクを弄んで、向日が続けた。
その横顔に、ほのかな笑みを浮かべながら。
「廊下でいきなり殴られてさ、でもってキスされた。全然知らない奴にだぜ?俺、もうワケ判んなくてめちゃくちゃで」
「・・・・・・・・・殴られて、キス?」
信じられないという呟きに、向日は悪戯に目を細めて笑う。
「そ。信じらんないだろ?しかも学校の廊下だったし」
マジで、と菊丸が言うと、向日がマジで、と頷く。
楽しそうに笑う顔に思わず笑みを浮かべかけて。
けれどその次の瞬間の表情に、笑むよりも先に息を呑んだ。
「でも俺は、すぐにを好きになった」
語る、向日の表情。
その顔は菊丸が初めて見るもので。
優しさと、柔らかさ。
確固たる恋情。
そして何より
一人の男としての、強さ
「たしかに告白はからだったけど、でも今の俺はに負けないくらいのことが好きだし」
微笑む横顔は、男から見てもカッコよくて。
「嘘はつかない。ついても意味がないし、の前じゃ嘘なんてつけない」
ペットボトルを揺らして、笑って。
「俺はが好きだし、は俺が好き。この関係を続けるために出来る限りのことはしたいと思う」
前を見つめる眼。
「俺は、のことが好きだから」
以前に会ったときとは違う。
向日は強く、逞しくなった。
そしてその理由はきっと『』という恋人。
知らず拳をきつく握り締める。
・・・・・・・・・羨ましい。
菊丸は激しくそう思った。
「――――――向日」
歩いてくる少女に向日が腰を上げた。
ペットボトルをテニスバッグの中に詰め込んで。
あぁ、と菊丸は思う。
彼女がきっと、『』だ。
一度合ったら一生忘れられないような眼。
纏う硬質な雰囲気。
何より彼女から感じられる強さが目の前の向日と同じもので。
似合いの二人だと思う。
「じゃーな、菊丸」
「ホイホイ、またね」
「おまえも片思いの彼女と上手くやれよ」
「・・・・・・ヨケーなお世話」
笑いながら去っていく向日に舌を出して見送った。
同じ青学の、一つ年下の大好きなあの子。
参考になればと思って話を聞いたのだけれど、どうやら向日の例はあまり見習えるものではなくて。
それでも、頑張ろうと決意を新たにするのには十分だった。
向日と『』が、本当に大切そうにお互いのことを見つめ合って笑うから。
自分もあの子とそうなれるように努力しよう。
去っていく二人の背中を眺めながら、菊丸はそう誓った。
2003年8月5日