046:何事も言葉で暴く必要はない
忍足侑士は思うのだ。
あぁ、きっと自分は世界一の幸せ者だろう、と。
忍足にとっては三年生になって初めて同じクラスになった女子生徒だった。
特別可愛いというわけでもなく、特別運動が出来るというわけでもなく。
はいたって普通の生徒だった。良い意味で地味とも言えるような。
けれど忍足はに恋をした。
それは彼にとって今まで経験してきたすべてが覆されるような恋だった。
「堪忍な。俺、めっちゃ好きな奴がおるから」
「でもそれって氷帝の子じゃないでしょ?だったら校内だけでもいいから」
「校内で自分とつきおうて、学校の外じゃアイツとつきあえ言うんか?」
頷いた女生徒に忍足は苦笑気味に笑った。
長い茶色の髪と手入れされすぎている爪を見ながら愛しい恋人のことを考える。
髪は加工していない黒。爪は綺麗だけれどマニキュアなんて塗っていなかった。少なくとも、学校では。
思い出すだけで、口元が緩む。
その忍足の表情をどう受け取ったのか、女生徒が嬉しそうに顔を綻ばせて。
肩を竦めながら忍足は言った。
「悪いんやけど、俺、以外の女とヤることなんか考えたくもないわ」
高等部に進級してからというものの、忍足は身持ちが固くなったという噂が飛び交った。
今までは校内で二股も当然。振るときは酷い言葉を投げかけて相手を傷つける。
それでも告白する女子が絶えず、恋人のいる期間がないというのが忍足侑士の通説だったのだ。
しかし、今ではそれがすべて嘘のようで。
「侑士、また女の子振ったのかよ?」
かけられる声に忍足は携帯電話を操る手を休めずに答える。
「何や。情報早いな、岳人」
「まぁな。・・・って違うし!今回告ってきた奴ってアレだろ?7組の松井!」
「さぁ?名前なんて知らへん」
「・・・・・・・・・茶髪で、結構美人の」
「さぁ?」
カチカチとボタンを押す音が二人の間に響いた。
そのスピードが渋谷の女子高生もビックリなものだから、向日としては肩を落とすしか出来なくて。
「侑士ぃ・・・・・・」
「ん?」
「そんなに、さんのこと好き?」
休み時間の度に高速スピードでメールを作成・送信してしまうほど。
あからさまに呆れているといった様子の向日に気づかず、忍足は携帯のボタンをピッと押して笑った。
それはあたかも、世界で一番幸せな男のように。
蕩けるように、甘く甘く。
そんな忍足の表情を初めて見た向日は思わず椅子から転げ落ちた。
偶然教室に現れた跡部が理由も何も知らないのに鉄拳を食らわしてしまうほど、忍足は幸せそうに笑っていたのである。
2003年8月29日