045:永遠の愛―eternal love―
不二と乾と待ち合わせをしていた駅前で、小さな少女を見かけた。
年齢にして10歳前後だろうか。小学生独特の細い手足。
空色のストライプのシャツワンピースに、白のサンダル。
最近の子供は服装が派手だと言うが、この子はそうでもないようだな。
周囲が女子高生や大学生なのに紛れて小学生らしい彼女が一人。
それはこの場である意味浮いていて、周囲の視線がチラチラと向けられている。
・・・・・・・・・・いや、きっと物珍しいからだけではないのだろう。
この目の前の少女には、何かしら惹きつけられるものがあるのだから。
別に俺は最初から彼女のことを見ていたわけではない。
待ち合わせの時間までまだ余裕があったからベンチに座って本を開いていたら、その向かいのベンチにいたのが彼女だっただけだ。
それだけでは記憶にも残らないが、彼女はそのあとに来た老婦人に席を譲ったのである。
最近ではそういうことをする人間は多くなく、ましてやそれをしたのが小学生の少女。
慣れたように自然に立ち上がって、老婦人に声をかけて、笑顔で席を勧めて。
そして今はその老婦人と楽しそうに会話をしている。
「そうなの、小学校四年生。学校のほうはどぅお?楽しい?」
「はい、楽しいです。最近ではプールも始まったし」
「プール。いいわねぇ、もう夏だものねぇ」
「そうですよね。だんだん暑くなってきてるし、日射病とかにも気をつけないと」
この前の朝礼では何人かが倒れちゃったんです、と少女が話す。
あらあら大変ねぇ、気をつけないと、と老婦人が笑う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言っておくが、俺は断じて盗み聞きをしているわけではない。
聞こえてくるのだ、そう遠くない距離だから。
老婦人と話す少女は小学生にしてはとても落ち着いていて、礼儀や丁寧語も申し分ない。
きっと家庭での教育が良いのだろう。そんなことを考えた。
「そのワンピース、すごく可愛いわねぇ。爽やかだし似合ってるわぁ」
「え?あ、ありがとうございます」
嬉しそうにはにかんだ少女は文句なしに可愛いのだと思う。
別に俺だけの意見ではなく、周囲の人間たちもそれとなく頬を緩ませていたからだ。
老婦人もそんな少女をまるで孫でも見るように目を細めて見ている。
そして言った。
「もしかして、これからデートなのかしら?」
小学生がまさか、と思った刹那。
少女はその可愛らしい顔を真っ赤に染め上げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・近頃の小学生は・・・・・・・・・・!
真っ赤になってしどろもどろな状態の少女に老婦人は嬉しそうに次々と質問を投げかける。
やれ相手はどんな子だ、やれどこで知り合ったんだ、まさに老婆心とでも言えばいいのか根掘り葉掘りと際限がない。
適当に流しておけばいいそれにも少女は戸惑いながらも小さく答えを返していて。
照れたように微笑む顔は小学生には見えなかった。
「!」
雑踏の駅前に声が響いて、老婦人と話していた少女がパッと顔を上げる。
結ばれていた黒髪までもが嬉しそうに跳ねて。
「岳人お兄ちゃんっ!」
「ごめん、手塚。遅くなって」
偶然にでも会ったのだろう。不二と乾がこちらへと近づいてくる。
あぁ、そういえばこの二人は同じ大学だったな。なら講義でも同じだったのだろう。
「いや、気にするな」
「・・・・・・・・・・手塚、顔が壊れてるけど何かあった?」
失礼な、と言いかけて止めた。不二の言っていることはおそらく本当だろうと思ったからだ。
だがせめて「壊れている」という表現だけは避けて欲しかったが・・・・・・。
「待ってる間に何かあったのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
乾の言葉に何も言えずに沈黙する。
果たして、先ほどのことは言っても良いことなのだろうか。
駆け寄ってきたのはおそらく・・・・・・・・・・いや、ほぼ間違いなく氷帝の向日岳人だった。
もう卒業したから元氷帝の、と言うべきか。忍足とダブルスを組み、かなりのレベルにあった選手。
随分と会っていなかったが何となく笑顔を見て思い出した。
そう、あれは向日だった。
―――――――――――俺と同じ年のはずの。
あの少女は間違いなく小学生だった。
それは老婦人との会話からも明らかだったし、何より少女の細い手足やまだ丸みのない身体がそれを証明している。
けれど彼女は「彼氏」と会う約束をしていたらしくて。
確かに「お兄ちゃん」と呼んではいたが、それはおそらく肉親に対してではなく年上の男に対しての呼びかけのもので。
そしてその場に彼女を迎えに来たのは間違いもなく向日だったわけで。
―――――――――――あの瞬間の少女は、紛れもない「女」の顔だった。
「・・・・・・・・・・特に何もなかった」
一回り近く歳が違うだろう二人のことを言うのは止めた。
まだ興味深そうにしている不二と乾には悪いが、言う気はない。
ひょっとしたら夏が見せた幻だったのかもしれないからな。
・・・・・・・・・・・・・・・・だが。
もしあの二人が結婚でもするようなことがあれば、そのときは祝福してやりたい。
お互いの顔を見合って幸せそうに笑っていた二人を思い出して、俺はそう思った。
「手塚、また顔が壊れてる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だからそう言うのは止めろ、不二。
真夏の太陽の下、きっとあの二人は今も幸せそうに笑っているのだろう。
2003年8月16日