042:カルネアデスの板





日が昇る。
海が煌めいて空が白む。
葉が色濃く存在を主張する。
空気は清浄に変わり、大地は力強さを取り戻す。
一日の始まり。



人生最後の日が始まった。



肩にかけていたボーガンの矢を使いきり、はそれを乱暴に外して投げ捨てた。
その間も走る足は止めない。
木々の間に見える人影。
この先は確か開けた海岸。
ジャージの後ろに挿していたベレッタを取り出す。
弾は入ってる。
大丈夫、撃てる。
走るスピードを速めて相手との距離を縮めた。
視界が広がる。
足を止めて、腰を据えて、肩を入れて。
慌てふためいている相手に別れを告げる。



「サヨナラ、風祭君」



『―――――うわけで、残りは後二名。ふふ、やっぱりトトカルチョでも大人気の二人が残ったわね。制限時間はあと20時間。素晴らしい死合を期待してるわ、君、西城君』
場所が違っても麗しいと思わせる女性の声が切れる。
名簿で死者の確認をしていたは苦笑いしながらペンの蓋を閉めた。
本当に、予想通り。
禁止エリアとしていくつも記入された×を頭に入れて、地図とコンパスを鞄に仕舞いこむ。
今日で三日目になる島だ。地理はすでに覚えきった。
「・・・・・・つまりそれだけ、歩き回ったってことか」
知り合いを、殺しながら。



最初に人を殺したのは、このくだらないゲームが始まって三時間後くらいだった。
本当は自殺しようと思ってた。
自分の未来を他人に決められるのは酷く不愉快。
踊らされる前に自ら舞台を降りてやろう。
支給された武器がハズレだったことも、その気持ちに拍車をかけた。
自分が死ねば、自分を殺す人間はいない。
そうすれば殺したことで悩む人間もいない。
このゲームに参加しているのは、皆知っている人間ばかりだから、それもいいかなと思った。
奇麗事だけ言って死ぬ。
それもいいと思った。



気が変わったのは、ふとした思い付き。



そういえばアイツと、勝負がついてなかった。



それからは転がるようにして生き抜いた。
殴って殺した。
撃って殺した。
刺して殺した。
絞めて殺した。
出来る限り楽に逝けるように。
名前を呼んで。
サヨナラを告げて。
謝罪だけはしなかった。



自分がこんなに勝手な奴だなんて知らなかった。
たかが、勝ち負け一つのために。



でも、それだけの相手なんだ。



「さて、と」
声をかけて立ち上がる自分には苦笑する。
どうやら精神的にも肉体的にも限界は近づいてきているようで。
残りはあと20時間弱。
それなら保つ。保たせることが出来る。
武器をすべて身につけて歩き出した。
どこに向かえばいいかなんて、何となく予想できるから大丈夫。
どのくらい隣にいたと思ってる?
お互いの思考回路は読めてしまうから。
だからこそきっと、勝ち負けを決めたい。
どちらが優れているのかじゃなくて。
どうやって相手が自分を越えるのか。
どうやって自分が相手を越せるのか。
興味が、ある。



この人生の中で、最も認めた相手だから。



足場は良いところがいい。
林の中にポッカリ開いたような広場。そう、そんなところ。
きっと水場が近くにある。
そんなところを選ぶだろう。
自分も、相手も。
空が見える場所がいい。
短い草。
サッカー、したいな。



「・・・・・・・・・西城」
「・・・・・・・・・逢いたかったぞ、クン」



血だらけのお互いに笑いあって。
時間が許す限り話をしようか。
これがもう最後になるだろうから。
思う存分言いたいことを言って、したいことをして。
そして、勝ち負けを決定しよう。



残りあと19時間。
二人のうちのどちらかが死んで。



独りだけが、生き残る。





2003年9月18日