032:宝探し





「はじめまして、小さなお嬢さん」
そう言って微笑んだ男に、は無表情のまま一瞥をよこした。



人通りの多い路地を小さな子供の身体を利用してスルスルと進む。
後ろの男は体格の良い体をしながらも器用に人をすり抜けて少女の跡を追う。
少女の黒いワンピースの裾が風に舞って。
男の黒いコートの裾が風に舞って。
天使のように軽い足取りで。
忍びのように音を立てない足取りで。



その可愛らしく、かつ無意味な鬼ごっこをいつまで繰り返すのかと思った頃。
前を行く少女を取り巻く雰囲気が変わった。
硝子のように透明だったのが、華やいだ光を放つものに。



小走りで駆け寄って。
嬉しそうに手を伸ばして。
細い身体が抱き上げられて。
淡い銀の髪が軽やかに揺れる。



浮かべられた微笑を、美しいと思った。



「クロロ・・・・・・・・・?」
少女を抱き上げた青年が、やはり無表情な顔でこちらを見つめてくる。
大きな目、艶やかな黒髪、それに隠された強さ。
「やぁ、久しぶりだね、イルミ」
「久しぶり。こんなところで何してるの」
「ちょっと用事があってね。その可愛いお嬢さんは恋人?」
「依頼人」
「ふぅん」
近づいてくる気配のない相手にクロロの方から近づいた。
イルミは必要以上に警戒する様子もなく、彼の腕の中の少女はこれといって何の反応もなく。
その様子に可愛いだけのお人形かな、なんて思ったりした。



けれどクロロは気づいていないだけだったのだ。
念能力のない、今だからこそ。



の仕掛けた“神の掌”に。



の近くに寄ったものはその念能力を一切禁止させられる。
たとえ攻撃の意思がないとしても、その力の欠片さえも出すことを禁止させられるのだ。
それはあたかも強い力で捻じ伏せられるかのように。
神()の掌(世界)で踊る人間のように。



イルミは一瞬だけ目を細め、を抱いていない片方の手を上げた。
けれどそれはクロロにではなくへと向けられて。
茶色いふわふわの物体が目に映る。
渡されたリボンを結んでいるテディ・ベアを抱きしめて、はもう一度嬉しそうに笑った。
やはりクロロはそれを見て美しいと思う。



欲しいな、と思う。



「じゃあそろそろ行くから」
イルミが一歩踏み出すのと同時にクロロは道を開けるように脇へと退く。
欲しいけれど、今は盗れない。
念能力を持っていない自分では勝ち目など皆無なのだから。
これは出来るだけ早めに除念師を見つけないと、とクロロは思って。
見つめられる瞳に笑みを浮かべた。



「またね、可愛らしいお嬢さん」



しかしクロロは知らない。
自分がこのとき、最大のチャンスを逃したことを。
が、“神の掌”の他にも念能力を持っていることを。



“神の慈悲”を用いれば除念など簡単に成し得てしまうことを。



大きすぎるミスを犯してしまったことにクロロは後で気づく。
再び念能力を得た彼と少女の再会はまだまだ先のことだった。





2003年7月30日