030:携帯電話
知る人ぞ知る話だが、山口圭介は携帯電話というものが大好きだった。
それはもう「無人島に何か一つ持っていけるとしたら何を持っていきますかー?」とかいう乙女向きの心理テストにも、「ケータイ」と零コンマ何秒かで答えてしまうくらいに山口は携帯電話を愛しているのだ。
元はクラブで忙しい自分に連絡が取れるようにと両親が買ってくれたのだが、まさか彼らも自分の息子がここまで携帯電話を大切にするとは夢にも思わなかっただろう。
たまに会う祖母には「圭介は物を大切にする良い子だねぇ」なんて言われて、苦笑を返すことくらいしか出来やしない。
それほどまでに山口は携帯電話というものを崇め奉って大事にしていた。
話は変わるようで変わらないが、山口とて携帯電話を今ほど大切にしていなかった時期も確かにあった。
いや、その時期はその時期で大切にしていたのだが、それは今と比べて控えめだったというだけの話かもしれない。
要するに、山口は以前に比べて格段に携帯電話を愛する男になってしまっているのである。
その理由はただ一つ。
折りたたみ式の携帯電話を開く。
ボタンを押す。ボタンを押す。ボタンを押す。ボタンを押す。ボタンを押す。
――――――――――笑う。
「・・・・・・・・・真田、今頃何やってるんだろうなぁ・・・・・・」
山口が警察から尋問されないでいるのは、きっと彼の妄想が実行に移されないでいるからに違いない。
異常の・・・・・・以上のことから判るように、山口はとどのつまり『真田一馬』のデータを大切に大切に大切にしているのである。
それはあたかも花を愛でるように、蝶を愛でるように、目の中に入れても痛くないくらいに。
暇になれば携帯を開き、何かあれば携帯を開く。しかし電話もメールも何もしない。
そんな不可思議極まりない行動を繰り返している山口なのだが、美形というものは古今東西得をするものなのか。
携帯電話を開いては、まるで至上の幸福を感受するかのように笑う山口の姿は、ありていに言えばとても目の保養になる光景なのだ。
簡単に言えば「カッコイイ」の一言。まさに美形というのは得をする生き物である。
そして目をハートに変えて見つめてくる女性たちなど視界どころか思考の片隅にも存在させずに山口は微笑むのだ。
携帯に保存されている、真田一馬の画像に向かって。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの、一馬」
「・・・・・・・・・いや、なんかちょっと変な感じがする」
「何だよ霊感かー?おまえそんなのあったっけ?」
「ないと思うけど・・・・・・・・・」
「風邪かもしれないね。暖かくしておきなよ」
約200km離れた地でそんな会話がなされているとは露知らず。
山口は今日も大切に大切に携帯電話を開くのだった。
2003年8月21日