029:指輪
「・・・・・・日吉若のことは大好きだけど」
黒と白とベージュ。細いストライプのスーツに合わせた同色のスカーフが振り返る。
が笑う。
「結婚するなら景吾とするわ」
年に合った薄いメイクを施した顔で綺麗に。
だから俺も笑ってやった。
「当然だろ、バーカ」
肩までの黒髪をまっすぐに下ろして、風を受けて髪が遊ぶ。
タイトなミニスカートのスーツ。丸ラインの衿、メタリックな素材。
黒のニーソックスとヒールの高いローファーがカジュアルな感じを演出する。
嫌味じゃない派手さ。中学生には見えない。
「それを言うなら景吾もでしょ?」
俺のブルーグレーのスーツを指差して、は学校では決して見せない顔で笑った。
オレンジに程近いルージュが横に引かれて。
やかましい騒がしさではなく、駆け引きめいた雰囲気を擁する。
伸ばされた指先にはマニキュアが丁寧に塗られていた。
「おまえはこの世界から出られない」
「知ってるわよ、そんなこと。むしろグループの跡を継ぐことは小さいころからの夢なんだから」
「文集に書いたくらいだからな」
「景吾こそ。“世界の跡部”になるんでしょ?ふふふ、出来るのかしらねー」
「おまえがいれば出来る」
「一人で成功させなさいよ。それくらい出来るでしょ?景吾なら」
「グループを一人で切り盛りできるのか?」
「・・・・・・・・・良い部下さえ見つけられれば出来るわよ」
「日吉はさぞかし良い部下になるだろうな」
がマスカラのついた目をスッと細めた。
纏っていた雰囲気を華やかなものから変えていく。
張り詰める緊張感は嫌いじゃない。
「馬鹿にしてるの?」
「いーや、まさか」
「恋愛と結婚は違うのよ。ましてやこの世界じゃね」
「家柄と損得が優先される」
「私もそんなにバカじゃないんだけど」
「時間のロスは後々で大きく響くからな」
「日吉若が好き。だけど結婚するのは跡部景吾。それのどこに問題が?」
「いーや、まさか」
「バーカ」
今度は楽しげに笑って、そしては一瞬だけ目を伏せた。
次の瞬間に浮かべられるのはいつもと何ら変わらない顔。
こうして俺たちは生きていく。
「世界規模っていうよりは、むしろ宇宙規模?」
「銀河系で一万店舗突破ってやつか」
「とりあえずはシャトルの手配よね・・・。どう考えても出前は無理だし。ワープでもしてみる?」
「一人でしとけ」
「うっわ、冷たいお言葉!未来の社長婦人に向かって何たることを!」
「おまえこそ未来の社長夫に向かって何言ってやがんだ」
「社長夫ってなーに?景吾語?」
「さぁな」
「好きよ、景吾」
「知ってる」
「日吉若とは違う次元で好きよ」
「・・・・・・・・・」
「心配しなくても独りにはしないから」
指先が触れて、絡まった。
俺を見上げるは綺麗に微笑んでいて。
俺はきっと情けない顔をしていたのかもしれない。
後になって、それを悔やんだ。
「ずっと一緒よ、跡部景吾」
握る手に力を込めた。
一生、離れないように。
ずっと、一緒にいられるように。
そんな俺に、はとても綺麗に笑った。
握り返された手は、白くて細い、小さな手だった。
2003年8月18日