025:白煙
立ち上る白煙に手塚国光はあからさまに顔を歪めた。
学校の屋上、水道タンクに隠れるようにして細い煙が空へと繋がっていく。
ジャリッと足音を立てて自分の存在を主張してみても、その煙が途絶えることはなかった。
手塚は眉間に皺を寄せてタンクへと近づく。
「・・・・・・・・・煙草は止めろと言っているだろう」
影になった場所で、声をかけられた人物は楽しそうに笑った。
「ご忠告おおきに、部長さん」
のセピア色の髪が風に舞う。
立ち上る白煙。
銜えられている筒。
吐き出す慣れた仕草。
髪をかき上げる指。
無表情な顔と、変わらないセピア。
ふと口元から今まで吸っていたものを取り上げられて、は眉を顰めて隣を見た。
手塚は細く煙を出しているそれをコンクリートの床に押し付けて消し去る。
不愉快そうに顔を歪めたは方口だけで笑って、自分の制服の内ポケットへと手を伸ばした。
出てくるのは白に青いラインの入った箱。
軽くゆすって出てきた一本を銜えようとして、今度はその箱ごと横から奪われた。
「・・・・・・・・・何するん」
「煙草は止めろと何度も言ったはずだ」
「余計なお世話や。自分に関係ないやろ」
そう言った後で、あぁ、とは楽しそうに笑った。
いつもの周囲を明るくするものではなく、それは見る者を怯ませるに足るもので。
「関係なくはないわなぁ。俺は部長さんの指揮する男子テニス部の部員やし、もしこないなことが見つかりでもしたら全国大会は出場停止やしな」
「・・・・・・・・・判ってるのなら止めろ」
「『止めろ』?」
クスリと笑う声がして、目の前の彼が目を細める。
「『止めてください』の間違いやろ?」
本当に時々、ふっと垣間出る片鱗。
明るい色に似合わない深淵。
どちらが真実かなんてわからない。
黒いままでいる彼と。
セピアになった彼と。
どちらが真実かなんてわからない。
自分はのことを、何も知らない。
はぁ、と溜息をつく音がして手塚は無意識のうちに伏せていた視線を上げた。
見えるのはセピア色の髪と、小さく苦笑している横顔。
は座っていたコンクリートから立ち上がると、ついていた砂を軽く払って振り返った。
「・・・・・・・・・堪忍なぁ、部長さん。俺、部長さんにはみっともないトコばっか見せとる気ぃするわ」
逆光で、顔は見えない。
「せやけど部長さんも悪いんやで?俺が弱っとるときにばっか現れるんやから」
自嘲的な言葉。
反論を許さないようなそれに手塚は思わず目を細くする。
が笑ったのが表情を見なくても判った。
「心配せんでもえぇよ。煙草と喧嘩は全国で優勝するまで控えるつもりやし。まぁ不可抗力っちゅうのはあるかもしれへんけど」
軽いステップで一段高くなっている場所から身を躍らせる。
セピア色の髪がふわりと浮いて、は軽い音を立てて着地した。
「ほな、また部活で会いましょ」
「――――――」
見下ろす位置になって初めて、の表情が見える。
いつもと同じ、明るい笑み。
けれどそれを完全に信じるには一瞬前までの闇が深過ぎた。
乾きそうになる唇をどうにか開いて。
「おまえは・・・・・・・・・」
「心配せんといて。俺はちゃんとテニスも青学も好きやさかい」
今度こそ明るい笑みを浮かべて視界から消えていったに手塚は溜息をついた。
クシャリと手の中で煙草の箱がひしゃげて潰れる。
いつも先手を取られてしまう。だから気づくのが遅くなってしまう。
・・・・・・・・・それは言い訳だと、判ってはいるけれど。
「・・・・・・・・・心配くらいはさせてくれ」
手塚の声が誰もいない屋上に響いた。
手の中の箱をきつく握りつぶして誓う。
立ち昇るSOSを、決して見逃さないように。
2003年9月15日