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022:皆無





その日一日挙動不審だった部長である人物を見ながら彼はポツリと呟いた。
「・・・・・・渋沢キャプテン、今日何かあるんですか?」
「あぁ、とっておきの出来事がな」
渋沢の同室であり親友でもある三上亮がニヤリと楽しそうに笑って答えた。
笠井竹巳はそれに首をかしげて。
非常に面白そうに三上が笑う。



「今日は『山吹の覇者』が監査に来る日なんだよ」



ザワリとサッカー部専用グラウンドにさざめきが広がった。
フェンスが金属音を立てながらその人物を導きいれる。
すらりとした肢体に白い学ランがとてもよく似合う。
風に揺れる漆黒の髪。シルバーフレームの細い眼鏡。
整った顔立ちは同性でも見惚れずにはいられないくらいのもので。
薄い唇が言葉を紡ぐ。
「久しぶりだな、渋沢」
思わず背筋を震わせてしまいそうな声。
耳元で囁かれたら腰を抜かしてしまうかもしれない。
「お、お久しぶりです」
どもりながら返事をする渋沢にクドウアキノは小さく笑って。
「そんなに緊張しなくていい。まぁ何か疚しいことがあるなら話は別だが?」
「い、いえそんなこと・・・・・・っ!」
「判ってる。俺は渋沢を信頼しているから。からかっただけだ」
クスクスと笑うアキノの後ろには、同じ白の学ランに身を包んだ色黒の少年が立っていて。
彼はファイルから取り出した書類をアキノへと手渡す。
「今回提出してもらった報告には特に不備もない。要領を得ているし判りやすいし、さすが渋沢だな」
「勿体無いお言葉です」
「俺としては今すぐにでも山吹に転校してきてもらいたいくらいなんだけど・・・・・・・・・」
チラッとアキノはグラウンドを見回して、そして楽しそうに口元を緩める。
「武蔵森には渋沢が必要みたいだから。我慢しておこう」
恐縮して頭を下げる渋沢の頬は喜びで赤くなっていて。
あの『山吹の覇者』にそこまで言わせるなんて、とサッカー部員たちの間には渋沢への尊敬の念が顕になる。
それを見越したようにアキノは先を続けた。
「来月の文化祭にはおそらく俺か、少なくとも代理が来ることになると思う」
「では案内を」
「いや、せっかくの文化祭なんだから責務は気にせずに楽しんだ方がいい。俺たちは勝手に回るから」
「ですがそれでは・・・・・・・・・」
「あぁ、なるほど」
言いよどむ渋沢にアキノは納得したように頷いて。
けれどそれも全部計算の内なのだろう。渋沢が、一体どのような答えを見せてくるか。
脳内で合格印の判子を押してアキノが笑う。
「じゃあ一人か二人、案内を頼もうか。そうすれば渋沢の懸念も晴れるだろう」
「・・・・・・・・・ありがとうございます」
「いいよ。俺は渋沢のそういうところが好きだから」
山吹の覇者であるアキノ、またはそれに順ずる人物が一人で歩くことに対しては弊害が生じる。
それはたとえば周囲の干渉であったり、一人で歩かせる対応への批難であったり。
近くに置くなら気の使える人物。その点で渋沢はかなりの好印象だった。
170センチちょっとのアキノの前で、180センチちょっとの身長を丸めて照れる渋沢。
ある意味異常な光景だが、これはこれで全部正常なのである。
そんな中、声が上がった。



「はいっ!俺、覇者様を案内したいです!!」



一瞬の間の後、藤代誠二、グラウンドに沈む。



何十個ものサッカーボールが見事なほどに藤代に命中して。
アキノの後ろで控えていた室町は、これなら全国優勝したのも当然かな、などと考える。
渋沢はしかめっ面をしながらもアキノに謝罪をして、原因の藤代は向こうで三上と笠井に簀巻きにされて。
しかもアキノ自身が余計な発言をしたものだからさぁ大変。
「俺は彼に頼んでもいいけれど」
パアァァァァァ
輝いた藤代、再びグラウンドに沈められる。
「だったら俺が案内してやるよ」
「三上先輩がするくらいなら俺に案内させて頂けませんか?」
「いや、俺が!」
「俺も俺も!」
ギャアギャアと一気に騒がしくなったグラウンド。
三上や笠井を中心とした一軍だけでなく、二軍三軍も関係なくアキノの元へと駆け寄って。
室町と渋沢のこめかみがピクリと音を立てる。
おそらくこれを逃せばアキノとデート・・・・・・・・・ではなく案内する機会など一生ないだろう。
それが判っているからこそサッカー部員たちのものすごいアピール攻撃。
けれどそんな彼らにもアキノは綺麗に笑みを浮かべて魅せて。



「人選は渋沢に任せる」



この後のサッカー部員たちの騒がしさといったら。
我先にと他者を蹴落として自分を売り込む部員たちを見ながら室町は思った。



武蔵森、来年は全国優勝できないかもしれない。



特典や何からを計算しなおさないと、と室町は脳内で電卓を叩くのだった。





2003年9月28日