019:手負いの獣





伸ばされた手を取りたくないと言ったら、それは間違いなく嘘になる。



「僕と行こう」
李潤慶が笑った。
その手を取れば、俺の未来は切り開かれるのかもしれない。
過去を脱ぎ捨てて、先を。



「世界に行こう、
李は笑った。



未練が、ある。
それは過去の自分に向けてのものか。
それとも未来の自分に向けてのものか。
許せない行為があった。
許したいと思う彼らがいた。
それを、全部、今。



・・・・・・・・・捨てられる?



「捨てるんじゃないよ」
李は言う。
「だっての欲しいものはここにはないじゃない」
そう、それは正論。だけど。
「いつ手に入るかも判らない。そんなものを待ってる必要、にはないよ」
・・・・・・・・・。
にここは相応しくない」
・・・・・・・・・。
「何度でも言うよ。に、ここは相応しくない。少なくとも今は」
李は、言う。



の欲しいものは、今の日本にはないよ」



俺の欲しいもの。
サッカー。
仲間。
上。
共に。
勝利。
負け。
それでも。



それでも。



上を向いて、走っていけたら



李の手は、俺に伸ばされたまま。
でも、決してそれ以上近づいては来ない。
覚悟を決めるのは俺。
俺の気持ち。
俺だけの決意。
願いと夢、どちらを取る?



俺はそれを、手にすることが出来る?
もう、放さないでいられる?



吹き抜ける風。
スパイクの感触。
蹴り上げたボール。
空に。



空に向かって、走った。



今もまだ覚えている。
泣きたいくらいに焦がれた。
ずっと欲しかった。



今でも欲しい。
―――――――――だから。



「・・・・・・・・・
驚いたような声を出す李が楽しかった。
自分で言っておいて。
「・・・・・・いいの?」
確かめられるまでもない。
だって、ずっと望んでた。
だってずっと、欲しかった。
掴んだ手、もう放さない。



「世界へ行こう――――――潤慶」



今までの自分をすべて置いて。
未練も後悔も嫌というほどあるけれど。
それでも、選ぶ。



目を閉じて。
息を深く吸って。
この先の自分を思う。
本当はずっと、『サッカー選手』になりたかった。



――――――駆け出す。





2003年9月19日