015:意識という深い海





見開きのくせに分厚い冊子を適当に閉じた。
内心で溜息をついてから口を開く。
「判りました。日曜の11時ですね」
「あぁ。相手は西園寺家のご息女だ。態度には十分気をつけるように」
「判っています」
冊子を豪華なデスクの上に置いて踵を返す。
写真に写っている女はそれなりに美人だが、俺の好みではなかった。



廊下を突っ切って部屋に戻れば、何故か当然のようにがいた。
いつもは俺の部屋になんか好き好んでこないくせに。
でも、はこういうときだけは必ず来る。従弟の勘ってやつか。
「景吾」
ソファーから立ち上がって、が近づいてくる。
その足は相変わらず裸足。そんなのためにこの家の絨毯はすべて毛長のものになっている。
のために。
伸ばされる手は一瞬ためらいを見せて、それからゆっくりと俺の頬を包んだ。
眼鏡をかけていないの顔が、俺の目の前にある。
「・・・・・・景吾」
ためらうような声。いつもはから触れてくることなんて滅多にないのに。
こんなときでもなきゃ喜んで押し倒すけどな。
俺と似た綺麗な顔をくしゃりと歪ませては言う。
「やっぱり俺、父さんたちに言ってくる。あれは元々俺に来た話なんだし」
「バーカ。おまえをそんじょそこらの女なんかと見合いさせて堪るか」
「そんじょそこらって、西園寺家のご令嬢だろ?ちゃんと身元はしっかりしてる」
「そういう問題じゃねぇ」
目の前の手首を引き寄せて抱きしめた。
色白の首筋に額を押しつけて。
はビクッと反応したけれど、それでも逃げはしないし蹴ってもこない。
父親の書斎ではつけなかった溜息を、今ゆっくりと吐き出した。
「俺は、がいれば、それでいい」



跡部グループの社長と副社長を親に持つ俺とには、見合いの話がかなりの数持ち込まれる。
まだ年齢が幼いからといって断ってきたけれど、やはり受けなければならないときがあるのも事実。
面子なんてものはどうだっていい。そう言うことの出来ない世界に生きていることを俺もも判っている。
だからこそ、にそんな思いをさせなくない。
跡部グループの社長になるのは俺だ。
だったら、俺が全部引き受ける。
にそんな思いはさせない。
――――――たとえ、無理だと判っていても。



「景吾」
のことが、大切だから。



俺を抱きしめる腕。
温かさの感じられる身体。
名前を呼んでくれる声。
それさえあれば、生きていける。



さえいれば、俺は生きていける。



「・・・・・・・・・バカ景吾」
耳元で呟かれた言葉は、その意味ほどの威力もない。
俺の背中にの手が回されて、こんな場面なのに心臓が音を立てる。
抱きしめる力は強い。
「俺を何だと思ってんだよ。俺はおまえの従弟だぞ?しかも将来は跡部グループの副社長になる身。だったら見合い一つくらい簡単にこなせる」
「・・・・・・・・・そんなことは判ってる」
「判ってないから言ってんだよ」
思わず顔を上げようとしたら、さらに強い力で押さえ込まれた。
今は俺がに抱きしめられている。
本当に、こんな状況でなかったらマジで押し倒してるぜ・・・・・・。
の声が、鼓膜に響く。



「俺は景吾に守られたいんじゃない。景吾と同じ目線で同じものを見て、並んで生きていきたい」



だから余計なことするなバーカ、とは言った。
・・・・・・・・・俺の気も知らねぇくせに。
おまえこそ余計なことすんじゃねぇよ。この俺様がわざわざ守ってやるって言ってんのに。
あぁもう、これだからコイツは。



「・・・・・・バカ
自分の唇から漏れた言葉がひどく甘くて、俺は自分で驚いた。
が耳元で小さく笑っていた。





2003年9月25日