011:みぞれ





不二周助と佐伯虎次郎は並んでキッチンに立っていた。
まるで調理実習で使うかのようなエプロンを身に着けて。



「・・・・・・・・・ねぇ佐伯」
「言っても無駄だよ、不二」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」



二人は困っていた。
不二は片手に包丁を持って、佐伯は片手に鍋を持って。
二人は確かに困っていた。
―――――――――いや。



『秋刀魚の竜田揚げみぞれ風味』の作り方が判らなくて、現在進行形で困っているのである。



場所は宅マンション。
ペットと化している不二がいるのは百歩譲って良いとしても、何故ここに佐伯までいるのか。
それはただ単に佐伯がスーパーへと入っていく不二を見かけて声をかけたからである。
は時おり不二にせがまれてテニス会場に顔を出すため、ある意味有名なのだ。
『伝説の麗人』として。
佐伯は幼馴染という権利を駆使して不二にを紹介してもらうように頼み、幼い頃の互いを知っている所為か、不二はしかめっ面をしながらもそれに応じた。
後はもう佐伯がへと転がってペットとなるのは当然の成り行きで。
そして待ち伏せをしてスーパーで不二を捕まえた佐伯は今こうして一緒にの家へと入ることが出来たのである。
しかし問題は別にあった。
スーパーで嫌味の応酬をしながら買い物をしている最中に、不二の携帯にからメールが入ったのである。
用件はたった一言。
『秋刀魚の竜田揚げみぞれ風味を夕飯に作れ』
句読点さえないそれに、恋の奴隷と化している二人は大人しく従うのだった。



「とりあえず秋刀魚の竜田揚げを作らなくちゃ・・・・・・」
不二はそう言ってスーパーの袋の中から今が旬の秋刀魚を取り出した。
そして止まる。
しばしそのまま停止している不二を眺めて、佐伯は大きく溜息を吐いた。
「本屋で料理の本を買ってくれば良かったな・・・・・・」
無言で不二が頷く。
一介の中学生である不二と佐伯は『秋刀魚の竜田揚げ』という料理は食べたことがある。それはそうだ。
しかし作り方を知っているかと問われれば答えは否。
不二はと出会ってから台所に立つ機会が多くなったが、やはり自ら料理をすることはあまりなく、そしてそれは佐伯も同じだった。
「っていうか不二・・・・・・秋刀魚、下ろせる?」
「・・・・・・・・・・・・・・ちょっと無理かも」
「切ってあるのを買ってくれば良かったな・・・・・・」
「切ってあるのなんか売ってたっけ・・・・・・」
魚を下ろすなんて芸当、一般の中学生男子には無理な話である。
不二は微妙に泣きそうになりながら、寿司屋の跡継ぎである河村に電話するべく携帯を手に取るのだった。



携帯電話で中継をしてもらい、不恰好ではあるもののどうにか秋刀魚を捌くことが出来た。
ふぅ、と二人が溜息をついて汗を拭ったときにはすでにの帰宅まで一時間を切っていて。
「竜田揚げは確か下味をつけてから片栗粉をまぶすんだよな」
「うん、それで油で揚げる」
慣れない手つきながらも一生懸命料理をする不二と佐伯は完璧に恋する乙女のようだった。
如何せん、相手がそういった努力を考慮してくれる相手かどうかが問題ではあったが。
不二がその柔肌に油をはねさせたり、遠くから恐る恐る秋刀魚を入れたりと悪戦苦闘している間に、佐伯はピーラー(持ち込み)を使用して大根の皮をむく。
そしてそのままおろし始めて。
「なぁ不二」
「みぞれの味付けなら判らないよ」
やっぱりか、と思いながら佐伯も先ほどの不二を見習って携帯を手に取った。
とりあえず一番先に電話するのは人生をかなり長く生きているだろう部活の顧問である。
・・・・・・・・・・・・・・・果たしてまともな答えが返ってくるのかは心配だったが。



制限時間、残り三分。
「っていうか不二!この秋刀魚、焦がしすぎだって!」
「佐伯こそ大根おろしが辛いんだけど!さんを高血圧にするつもり!?」
「そんなわけあるか!ご飯は炊けたけどこの竜田揚げ以外におかずがないし・・・っ!」
さんに怒られる・・・・・・・・・っ!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあ不二、俺はこれで」
「待ちなよ佐伯。さんに会いたくてわざわざ来たんだよね。ゆっくりしていきなよ」
「いやちょっと用事を思い出したから。またの機会にお邪魔することにするよ」
「まぁまぁそう言わずに」
・・・・・・・・・・幼馴染は行動パターンまで似てくるものなのだろうか。



家主のお帰りまで後30秒。





2003年9月21日