009:時計の針
鳳が帰宅する音を聞きつけてパタパタと犬が玄関へとお出迎え。
四角い顔と眉毛が特徴的なミニチュアシュナウザーである。
ペットを嬉しそうに抱き上げて鳳は頬擦りした。
「ただいま、!」
「いい加減に名前変えろっつってんだろーが、このバカちょたっ!!」
後ろから人間であるにチョップを食らっても、鳳は犬・を抱きしめたままなのであった。
「あらいらっしゃい、ちゃん!相変わらず綺麗ねぇ」
「どうも、お邪魔します。綺麗って、そんなこと言ってくれるのは沙耶香さんだけっすよ」
「そんなことないわよ!ちゃんみたいに綺麗な子が長太郎のお嫁さんに来てくれるといいんだけど」
「え」
「大丈夫だよ、母さん。はちゃんと俺のお嫁さんになるから」
「おい」
「あらじゃあ長太郎もちゃんに釣り合うようなイイ男にならないと」
「だから」
「うん、頑張らないとね」
爽やかなんだか腹黒いんだか判らない会話にが参入することは不可能である。
鳳家は相変わらずデッドゾーンだ、などと思いながら案内されるままに鳳の部屋へと連れて行かれて。
「・・・・・・・・・楽譜、増えた?」
部屋の隅にある棚の前に立ち、手に取って確認しながら呟いたに鳳は頷く。
「うん。と一緒に弾きたくて」
「つーか、それならちょただけ練習しても意味ないじゃん」
そう言いながらも見覚えのある楽譜がうようよと出てきて、は眉を顰める。
棚の端から端まで再度チェックをし始めて。
つい三日前に始めたばかりの曲を見つけたときには、顔色はすでに青を通り越して白く変わっていた。
鳳はニッコリと微笑む。
「一緒に弾こうね」
断ればどうなるか、それは想像に難くない。
鳳長太郎とは幼馴染である。
二人の出会いを語るには小学校一年生の入学式まで遡らなければならない。
けれどその時のことを語るには時間がいくらあっても足りないので(というか本人が嫌がるので)割愛しよう。
とにかく、彼らは幼馴染なのである。
たとえ鳳が愛情なんだか悪意なんだか判らないボーダーラインを彷徨っているような仕打ちをにしていたとしても。
たとえが体裁なんだか本気なんだか判らない臨界地点を彷徨っているような嫌がり方を鳳にしていたとしても。
それでも彼らは幼馴染なのである。
何だかものすごく偏っているような気がしないでもないが。
とにかく、彼らは幼馴染なのだった。
中学になってからはお互いに忙しくもなり疎遠になりつつもあったが(それでも彼らは互いを忘れたことはなかった。それは本当に色々な意味で)、偶然というのは恐ろしいもので。
跡部景吾という人物を介して再会した後は、やはり幼馴染は幼馴染。交流はまったく変わらなくて。
小学生のときほど頻繁ではないが、と鳳は互いの家を行き来していた。
というわけで本日はが鳳宅へお邪魔しているのである。(ちなみにお泊りではないはずだ)
「」
「んー?」
ベッドに転がって雑誌を読んでいる幼馴染に鳳はニコニコと笑いながら話しかける。
「青学はどう?楽しい?」
「んー楽しいよ」
「お義母さんに勧められて入った青学は楽しい?」
「(何で私のママ上をおまえが『お義母さん』と呼ぶ・・・・・・)んー楽しいよ」
「俺のいない青学は楽しい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺と一緒に氷帝に行こうって何度も何度も誘ったのに、それを断り続けてまで入った青学は楽しい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
鳳家、息子・長太郎の部屋は気温調節が頻繁に行われるらしい。
どちらの名誉のために言うか判らないが、とにかく彼らは幼馴染である。
「・・・・・・・・・だからそれはゴメンって何度も謝ったじゃん」
「でも俺はと同じ学校に行きたかった」
「小学校で六年間もクラス一緒だったし」
「一生一緒が良かった」
「(私は嫌だ)・・・・・・・・・そう」
「今、『私は嫌だ』って思ったでしょう」
「(何で判るんだ?って、そう思ったことも判るんだろうなぁ。ちょただし)」
「うん、判るよ」
「エスパーかよ!」
「限定でね」
「(エセくさいけどエセじゃないから笑えない・・・・・・っ!)」
鳳長太郎とは幼馴染で。
偏っているけれどそれは自他共に認める揺るぎ無いもので。
鳳は苦笑しながら手を伸ばした。
二人分の重みを受けてベッドが音を立てる。
「」
愛しげに髪を撫でて。
「・・・・・・・・・好きだよ」
幼馴染のが自分のシリアスな顔に弱いことを知っていて鳳はそう囁くのだった。
とりあえず、彼らは今日も厭きずに幼馴染を続けている。
2003年9月23日