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黒と白の丸い石を手に取って、西城はジャラジャラと弄ぶ。
細かい目の敷いてある木盤に小気味よい音を立てて打ち付けて。
四十六手目までは数えていたのだけれど、それももう止めた。
形成は黒良し、である。
透明な硝子で作られた風鈴が綺麗な音を鳴らして風を告げる。
顔を上げると窓枠越しに青空と入道雲が見えた。



広島の夏は東京よりも暑い。
けれどそんな感じがあまりしないのは周囲が木々に囲まれているせいだろうか。
窓枠に肘をかけて下を見下ろせば、小石の敷かれた上に大きめの飛び石が道を作っていて。
濃い木々の向こうに立派な和造りの家屋が見える。
独特の雰囲気と伝統を持つそれは、西城の家が経営している旅館だった。
ここ広島だけでなく、関西では割と著名の。
西城敦はその旅館の息子だった。



「敦お坊ちゃま」
「・・・・・・・・・西城はすでに『お坊ちゃま』という年ではないと思うのだがな」
「ほほほ、そうでございますね」
苦笑を混ぜて振り向くと、雑多に物が散らかっている部屋の向こう、ふすまを開けたところに一人の女性が見えた。
渋い茶色の着物に身を包み、その帯から下には白い前掛けをつけていて。
白髪交じりで大らかに笑うその女性は、西城が生まれたときからこの家に仕えている家政婦の一人である。
彼女が笑うと、それに合わせて顔に刻まれている皺が深くなった。
「ですが、このカエにとって敦お坊ちゃまはいつまでも『お坊ちゃま』なのですよ」
その言葉には西城も苦笑するしかない。何せ赤子の頃から18年間、このカエには世話になりっぱなしなのだから。
実の両親以上に自分に構ってくれた恩を忘れることは決してない。
打ち途中だった碁盤を脇に押しやって西城は口を開く。
「まったくカエには敵わないな。それで、どうかしたのかね?」
並べられていた碁石はそのまま。
色の剥げたブタの形を模した蚊取り線香が細い煙を上げている。
丸い金魚鉢では縁日で釣った紅い魚が泳いでいて。
西城が世話をしているのではない。これもすべて、カエが。
本当に、実の母親のように。
「・・・・・・・・・・旦那様と奥様がお呼びです」
音を立てて回る古い扇風機。
カラフルに塗られた熊の木彫り。
作りかけて止めた帆船模型。
風鈴が、音を立てる。
夏の眩しさに目を細めた。
「・・・・・・・・・あい分かった」
立ち上がる際に、着物の裾が乱れて。
畳の目が見えないほどに散らかった部屋に小さく哂う。
このガラクタも何時か処分しなくては。



自分がこの家を捨てる、その日までには。



東京の地にいる彼は今何をしているのだろうか。
西城は着物を整えながらそんなことを考えた。



風鈴はまだ運ばれてくる風に揺れている。





2003年7月20日