003:間





郭英士が意外に短気だということは、彼の親友二人のお墨付きである。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遅い」
雑踏の行き交う駅前ロータリーで、英士はその端正な顔を歪めて呟いた。
その隣では一馬がほんの少しだけ弱った顔でガードレールに腰掛けている。
「・・・・・・・・・遅い。遅い。もう何分遅れてると思ってるの?まったく駄目だね、結人は。誕生日にあげた腕時計が何の役にも立ってない」
駅前の大きな時計を見上げれば、時刻は午前11時14分。
約束の時間は11時。若菜結人、14分の遅刻である。
一馬は時計の秒針が進むのと同じスピードで不機嫌になっていく親友を見て口を開いた。
「でもさ、英士。電車が遅れてるのかもしれないし」
「結人よりも自宅の遠い一馬がちゃんと約束五分前に着てるんだよ?それはありえないね」
一刀両断にされて、一馬は内心でもう一人の親友に謝る。
フォロー出来なくてゴメン。でも遅れてくる結人が悪いんだからな、と。
そんな間にも英士のイライラは増しているらしく、その端正な横顔は不機嫌を通り越して無表情へと変わりつつあった。
あまりにも良くない前兆に溜息をついてしまった一馬を誰が責められただろうか。・・・否。



「大体結人は時間に来ることがほとんどないんだよね。いい加減にその悪癖を直さないといつか絶対に痛い目見るよ」
では毎回毎回遅刻するたびに英士にお小言を食らっているのは『痛い目』ではないのだろうか。
一馬はそう考えはしたが黙っていた。人生、沈黙はときに何よりも素晴らしいものなのである。
――――――――――少なくとも一馬はそう思っている。
「この間なんか俺と一馬を一時間も待たせた挙句に『ごめん、クラスの奴らとカラオケ行ってた』だし、連絡の一つでも寄こせば結人なんか捨て置いてスパイクを見に行けたのに」
そういえば英士は新しいスパイクを欲しがっていたなぁ、なんて一馬は思い出す。
この間はそれを見に出かけたはずだったのに、何でかスポーツショップじゃなくて古着屋めぐりになったんだよなぁ。
・・・・・・・・・結人の、好みで。
「今日だってもう27分も遅刻してるし。あぁもう駄目だね。結人はバカ以外の何者でもない。そう思うでしょ、一馬」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、何か急用があったのかもしれないし」
「そう言って実際に急用があったことが今までに一度でもあった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・アリマセン」
英士が大きく溜息をついた。
溜息をつきたいのは俺だ、と一馬は思った。
時計の針は11時30分を差そうとしているが、若菜結人、未だに陰も形も連絡もなし。



携帯を鳴らせど繋がらない相手に業を煮やしたのか、英士は電源を切ってそれをポケットへと詰め込んだ。
「行こう、一馬」
「行こうって、英士」
「来ない結人が悪いんだよ。勝手な我侭で映画の時間に遅れるなんて許せないからね」
映画は予告編からが映画なのに、と英士は渋面のまま独自の持論を展開していて。
そんな様子を見て一馬は小さく笑みを漏らした。
「映画なら次の回でもいいしさ。もうちょっと待ってみようぜ」
ガードレールに腰掛けたままで立ち上がる様子のない一馬を一瞥し、英士はやはり大きな溜息をついた。
「一馬は結人に甘い」
「・・・・・・・・・・そう?」
「甘いよ。すごく甘い。そんなだから結人がつけあがるんだよ」
「・・・・・・・・・そっか」
一馬は一つ頷いて。



「でもいいよ。俺が特別だと思うのは英士と結人だけだから」



あ、それとユンもかな、なんて付け足した言葉は果たして英士に知覚されていたのだろうか。
駅前の雑踏の中、待っていた人物がようやく姿を現して。
彼は二人に会うなり不思議そうに言った。



「英士、顔赤いけど何かあった?」



遅刻してきた罰と言って英士が結人を殴るのはこの三十秒後。
言われてとても嬉しかった言葉は、自分だけの胸の内に。
これもすべて時間通りに来たご褒美なのです。





2003年8月5日