五嶺陀羅尼丸という人物は、若くして五嶺グループのトップに君臨した、才覚溢れた男だった。
平安時代から続く陰陽師の家系に生まれ、全国に100の支店を構える五嶺魔法律事務所の所長。
天才と呼ばれている六氷透には及ばないものの、その実力は執行人の中でも有名であり、特に戦略図を用いた術は見事としか言いようがない。
彼はまた容姿にも優れ、長い黒髪に冷涼な面、好んでまとう和服が独自の雰囲気に拍車をかけ、左口元のホクロが艶やかさに華を添えている。
お世辞にも性格はいいとは言えないし、些か悪辣な手腕を使うことが多いけれども、五嶺は優秀と評価するに足る男だった。
それを本人も自覚しているところに、彼の最高であり最悪でもある特徴があったと言える。
ちょっかいを出そう2
そんな五嶺は、最近ちょっとばかし人生というものに疲れていた。
グループの頂点に立ち、事務所を着々と増やし、勢力を巨大化させてはいるが、やはり毎日良いことばかりなわけがない。
反旗を翻す部下はいるし、喚いて金を払わない客もいる。そんな輩にはもちろん素敵な手段でご理解頂いているが、時にそれすらも面倒になってしまうことがある。
いっそのことすべて力で解決してしまいたい。そんなことを五嶺はときどき感じており、その度に彼はそれでは駄目だと自身に言い聞かせなければならなかった。
そんな日々が度々続き、耐えかねた五嶺はついに癒しを求めることにした。
常に五嶺グループの頭領として、また優秀な執行人として振舞わなくてはならない自分だが、それを一時でも緩めることの出来る場があればいい。
顔は醜くなければいい。五嶺の基準は平均よりも高いが、彼が今更そんなことを気にして直すはずがないので、自然美しい容姿になるだろう。
料理は出来なければ駄目だ。上品な和懐石は食べなれているから、和洋折衷、それとお袋の味を作れるような腕だといい。
頭は悪くなく、常識があり、会話がスムーズに進めば良い。霊が見えなくても戦えなくても構わない。自分が守るし、むしろ魔法律のことなど知らない方が楽だろう。
それでいてうるさくなく、一緒にいても苦痛でなく、静かで穏やかで邪魔にならない人間がいい。そんな相手ならばきっと、自分も寛ぐことが出来るだろう。
家に帰れば温かな食事と風呂、そして空間が用意されている。そんな場を想像しただけで五嶺は実に満足した。
もしも今の彼の言を誰かが聞いていたのなら、「おまえは何様だ」と言わずにはいられないだろう。
けれど五嶺は何ら恥じることもなく「五嶺陀羅尼丸様だが?」と答えてしまうような人種だった。
故に誰にも止められることなく五嶺は街へ繰り出し、そして見つけた。
「ちょいと、そこの娘」
鮮魚コーナーの前で、鱸を物色していた少女が振り返る。
愛らしい顔立ちに柔らかな瞳。その内面を一目で見抜いた自分自身に、五嶺は後々喝采を送ることになる。
突然話しかけてきた和服の男に少女は首を傾げているが、そんなこと気にするわけもなく彼は唇を吊り上げた。
「おまえ、アタシの嫁にならないかぃ?」
ぱちんと鳴った扇子の音に、少女は目を丸くした。
それは後に、五嶺自ら最良の人事だったと言わしめるものとなる。
ヒロイン、日生に続き二度目の突然プロポーズ。
2006年3月12日